トランプ米大統領は、2026年1月のベネズエラ侵攻の約1カ月前、イーロン・マスク氏との極秘会談の場で、AIチャットボット「Grok(グロク)」に「ベネズエラ国民は自国大統領の捕獲にどう反応するか」と質問していた。米誌タイムの報道で明らかになった。生成AIの予測が、国家による武力行使という極めて重大な意思決定に関与した前例のないケースとして、波紋を広げている。
Grokは、マドゥロ氏は「非常に不人気な独裁者」であり、多くの国民が「その失脚を祝うだろう」と回答。侵攻後の現実はこの予測とほぼ一致した。さらに国防総省の人工知能担当責任者は、イラン戦争で政府向けAI「Gov Grok」を部隊展開と目標攻撃に使用したと明かしており、AIの軍事応用はすでに実行段階へと移行している。
トランプ氏はGrokに何を聞き、何と答えたのか
トランプ氏がGrokに投げかけた質問は、「ベネズエラ国民は、マドゥロ大統領が捕獲された場合にどのように反応するか」というものだ。これに対しGrokは、マドゥロ氏は「非常に不人気な独裁者であり、多くのベネズエラ国民がおそらくその失脚を祝うだろう」と回答。2026年1月3日の米軍侵攻とマドゥロ氏の捕獲後、国外亡命者らの間で実際に祝賀の動きが起きたことで、この予測は「的中」とみなされた。
ただし、正確に言えば、Grokが侵攻そのものを「勧めた」わけではない。Grokが行ったのは、あくまで質問に対する将来予測の提示である。その予測がトランプ氏の決断を後押しする方向に作用した可能性は高いが、AIが能動的に軍事行動を提案した事実は確認されていない。
極秘会談の背景——マスク氏の政権離脱から7カ月後
会談が持たれたのは2025年12月。マスク氏が政府効率化省(DOGE)での任務を離れてから、およそ7カ月後のタイミングだった。表向きは政権との距離を置いていたマスク氏だが、その裏では大統領との極秘対話が行われていたことになる。
当時、米軍は2025年9月から、麻薬密輸への関与が疑われるベネズエラの船舶への攻撃を開始していた。この攻撃を機に、ベネズエラの政治情勢や軍事行動の行方についてGrokに質問を寄せる市民が相次ぎ、同AIの分析が注目を集めていた時期でもある。市民が軍事作戦の行方をAIに問うという行動自体が、生成AIが情報収集の最前線に躍り出たことの証左といえる。
Grokはそうした一般ユーザーとの対話や公開データから得た知見をもとに、トランプ氏の質問に回答したとみられる。つまり、トランプ氏は世界で最も影響力のあるAIチャットボットの一つに対し、軍事作戦の成否を左右しかねない質問を、非公開の場で投げかけたのである。
的中した予測と「Grokは賢明だ」という評価
侵攻後に現地で予測通りの反応が起きたことは、トランプ氏のGrokに対する評価を決定づけた。関係者は、トランプ氏が「Grokは賢明だ」との印象を抱くようになったと証言している。単なる偶然ではなく、AIの予測能力が現実の政策判断に直結した事例として、米政権内でも大きな意味を持ったとみられる。
そして2026年6月、国防総省の人工知能担当責任者が、イラン戦争において「Gov Grok」を部隊の展開や目標への攻撃に使用したと発言。ベネズエラ侵攻での「実績」が、国防総省による本格採用を後押しした可能性は十分に考えられる。AIが偵察や分析の補助にとどまらず、実際の攻撃行動に直結する形で使われたことを示す異例の証言だ。
Grokだけではない——軍事AIをめぐる各社の攻防
もちろん、国防総省にAIを提供しているのはxAIだけではない。OpenAIも国防総省との契約を結んでおり、Anthropicも軍事インテリジェンス分野でのモデル活用をめぐり、米政府と協議と対立を繰り返してきた。Anthropicは、Claudeの一部機能の軍事実装を拒否したことをきっかけに、トランプ政権からブラックリスト化される事態に発展。連邦裁判所も政権側の立場を認める判断を示している。
さらに、武装組織フーシ派が、AnthropicのClaudeをミサイル誘導ソフトウェアの開発に悪用していたとの報告もある。AI技術は、国家の正規軍と非国家主体の双方によって戦争の道具として使われる時代に入った。その最前線で、Grokは「政府公認の戦力」としての役割を急速に強めている。
マスク氏とラッキー氏が主導する次世代戦場技術
2026年9月末、国防総省はマスク氏と、防衛技術企業アンデュリルの創業者パーマー・ラッキー氏を、先端技術の戦場活用に関する調査研究の共同責任者に起用すると発表した。AIの開発者自身が、米軍の未来戦略を描くポジションに就くことになった。
現職の大統領がAIチャットボットの助言を軍事判断の材料にし、そのAIを開発した起業家が国防総省の戦略策定を主導する。テクノロジーと安全保障の距離がこれほど縮まった例は、かつてない。
AIによる予測が国家の武力行使を後押しする仕組みには、説明責任や透明性の面で多くの課題が残されている。今回の報道が示すのは、そうした課題が理論上の議論ではなく、すでに現実の戦場で進行しているという事実だ。Grokの助言が侵攻判断にどの程度の重みを持ったのか——詳細は依然として不明だが、AIと戦争の関係をめぐる論点は、日本を含む国際社会にとって今後さらに重要性を増すことは間違いない。