AIは民主主義を蝕む、ミノウ氏がMITで克服策を提示

マーサ・ミノウ氏、AIが民主主義の基盤を侵食と警告。再設計で強化可能とMITで提言。

投稿者 central
ハイライト
  • ミノウ氏は民主主義の基盤を教育、信頼できる情報、暴力からの安全、公平性の4要素と定義する。
  • 同氏は最も強い懸念として啓蒙の喪失を挙げ、理性や証拠検証の重要性が失われると危惧する。
  • ミノウ氏は「私たちが生きたい世界を発明しなければならない」と訴え、技術の再設計で問題解決を目指す。

「AIは民主主義の土台を静かに侵食している」――米ハーバード大学の法学者、マーサ・ミノウ氏は、MIT(マサチューセッツ工科大学)で開かれた今秋のコンプトン記念講演で、人工知能(AI)が民主主義の前提条件を掘り崩していると警告した。その一方で、AIを「深い思考を支援する道具」として再設計できれば、民主主義の強化につながるとも主張。聴衆となったMITの研究者たちに「私たちが生きたい世界を発明しなければならない」と訴えかけた。

「Constituting Democracy in the Era of AI(AI時代における民主主義の構築)」と題された講演は、MITで最も格式の高い講演会とされるカール・テイラー・コンプトン記念講演として、キャンパス内のハンティントン・ホール(教室10-250)で開催された。コンプトンはMIT第9代学長(1930〜1948年)で、大恐慌と第二次世界大戦を乗り越え、MITを職業訓練中心の工学校から世界的な研究大学へと変貌させた人物である。冒頭、サリー・コーンブルースMIT学長は、ミノウ氏を「並外れた知的射程を持つ法学者」「法と人間性についての考え方を形作ってきた教育者」と紹介した。

ミノウ氏は、1981年からハーバード・ロー・スクールで教鞭を執り、2009年から2017年まで学部長を務めた憲法・人権法の第一人者。ミシガン大学で歴史学の学士号、ハーバード大学で教育学の修士号、イェール大学で法務博士号(JD)を取得している。主著に『Making All the Difference』(1990年)、『Partners Not Rivals』(2002年)、『When Should Law Forgive?』(2020年)がある。

AIは民主主義を蝕むのか――4つの要素から診断

AIは民主主義にどのような影響を与えるのか。ミノウ氏は民主主義の基盤を「教育」「信頼できる情報」「暴力からの安全」「公平性」という4つの要素で構成されると定義する。AIがこのすべてに悪影響を及ぼしているが、技術の設計次第では逆に強化もできる、というのが同氏の診断だ。

ミノウ氏は近年の米国について、法と規範の違反、表現の自由の抑圧、議会権限の縮小、司法判断の軽視、社会の中で他者を貶めることの常態化など、民主主義への挑戦が積み重なっていると指摘。ギャラップ調査では77%の人々が「建国の父たちは現在の米国の状況に失望するだろう」と回答しているという。

「250年前に火をつけられたこの国の統治システムと法の支配が、生き残るのかどうか。多くの人が心から疑問に思っている」――ミノウ氏はこう述べ、民主主義と立憲主義にとって「良い時代ではない」と率直に語った。

教育の危機――AIが奪う「考える力」

講演で最も多くの時間が割かれたのが、教育におけるAIの負の側面だった。米国では既に教育資金の地域間格差が大きく、経済的・民族的な学校の分離もこの30年で著しく進行している。そうした不安定な土台の上にAIの波が押し寄せることで、独立した思考力はさらに弱まる恐れがあるとミノウ氏は懸念する。

「AIが急速に広がる中で、私たちはその使い方、規制の仕方、何も考えずに使うことの代償をどう教えるかについて、より賢くなる必要がある」と同氏。さらに、主要なAIプラットフォームはソーシャルメディア企業が採用してきた戦略を増幅し、人々を受動的な状態に追い込んでいると分析する。

「現在の主要なAIモデルやインターフェースに組み込まれた迎合的要素は、特に若者の思考力、記憶力、批判的思考力の発達を危険にさらしている」

特に憂慮すべきは、こうした認知努力の放棄が、市民として必要な判断力を奪うことだ。民主主義は有権者一人ひとりの判断に依存する以上、思考停止の蔓延は政治プロセスそのものの劣化につながる。この問題は、教育現場で生成AIの活用が急速に広がる日本にとっても他人事ではない。

克服策は「家庭教師型AI」――MITへの期待

しかしミノウ氏は、この流れを変えることは可能だと強調する。鍵となるのは、AIを回答を代行する存在ではなく、家庭教師のように振る舞い、人間の深い思考や好奇心を引き出す道具として設計し直すことだ。

「既存の大規模言語モデル(LLM)は、トレーニングやインターフェース設計次第で、学生の課題を代わりにやるのではなく、適切なヒントや問いかけ、手がかりを提供することができる。しかし、信頼に足る水準へと発展させ、人間の活動や好奇心を深めるための開発は、まだまだ必要だ」

ミノウ氏はMITの聴衆に向かって「AIツールはもっと多くのことを実現できる。ここにいる皆さんには、現在出回っているものより優れたツールの開発が可能だと信じている」と語りかけ、「より意味があり、カンニングしにくい評価方法」の構築にも期待を示した。

情報・安全・公平――残る3つの柱への脅威

情報環境については、近代のメディア技術の進展が過去数十年でジャーナリストを75%減少させたとミノウ氏は指摘。ローカルメディアが消えた地域では汚職が増加するという相関関係に触れ、市民が信頼できる情報へアクセスできるよう、広く普及させるべき「情報コモンズ」(共有情報基盤)の構築を提唱した。公共目的を持つ技術者らが、中立で検証可能な情報基盤を設計し、既存プラットフォームに対抗する選択肢を示す――。感情を増幅して分断をあおる現在の情報生態系への、エンジニアリングによる対抗策と言える。地方メディアの衰退が社会課題となっている日本にとっても、示唆に富む提案だ。

暴力からの安全をめぐっては、より深刻な現実が語られた。同氏は「私たちは今、崖っぷちに立っている。私は多くの裁判官を知っているが、その全員が自分に対する現実的な殺害予告の脅威を抱えている。アメリカで、だ。これは受け入れられない」と述べた。司法の担い手が物理的な安全を脅かされる状況は、民主主義の手続きそのものを揺るがす。

ミノウ氏が最も恐れるのは「啓蒙の喪失」

講演後のQ&Aでは、コーンブルース学長が会場から寄せられた質問を代読し、ミノウ氏は現在の趨勢についての危機感を問われた。同氏が最も強い懸念として挙げたのは、「啓蒙の喪失」だった。

「私が最も心配しているのは、理性、仮説の検証、証拠に直面したときの神話の棄却、そして啓蒙とともに到来した寛容と権利と参加の拡大――そうした信念が失われることだ。だからこそ偽情報の問題は重要であり、学校での批判的思考の喪失も重要なのだ」

「私はキャリアの多くを集団的暴力の研究に費やしてきた。人々が互いを理解できず、恐れ合うとき、何が起こるのか。それは悲惨だ。私たちはそこに行きたくない」と述べ、「啓蒙の時代は、大規模な戦争は悪であり、寛容は善であり、他者と共有できる証拠に照らして考えを検証することが皆の暮らしをより良くする、ということを人々が学んだ時代だ。今、私たちはそれを手放そうとしている」と続けた。

その上でミノウ氏は、信頼できる情報、教育、コミュニティの新たな関係性を生み出す機会は至るところに存在するとし、「私たちは実際に、生きたい世界を発明しなければならない」と結んだ。デジタル技術に由来する問題は、より良い技術によって解決できる。ミノウ氏はその反転の可能性を、MITの研究者たちに託したのである。

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