嵐が迫る廃墟と化した田舎町。避難命令が発令された無人の中で、ひとりの私立探偵が重い足取りで街を彷徨う。『Prince of Persia』や『Out of the Inkwell』の歴史を持つロトスコープの技法は、この『Silver Pines』において、決して戦闘に慣れていない「普通の中年男」の動作を見事に描き出している。2D横スクロールのサバイバルホラーとして設計された本作は、『SILENT HILL』を思わせる心理的な重圧感と、メトロイドヴァニア的な探索要素の融合によって、独自の不気味な世界を築き上げている。
『Silver Pines』とは? 嵐が迫る無人町で失踪ミュージシャンを追うサイコロジカルホラー
『Silver Pines』は、私立探偵レッド・ウォーカーを主人公とし、彼が無人のダイナーで目を覚ますところから物語が始まる。ラジオは繰り返し避難命令を伝え、記録的な嵐が刻一刻と街に迫る。依頼人のジャックマンから電話で、失踪したミュージシャン「エディ・ヴェルヴェット」の捜索を依頼されたウォーカーは、最後の目撃情報があるという「クリムゾン・ベア・モーテル」へと足を進める。しかし肝心のウォーカー自身も、なぜ自分がここにいるのかを思い出せない。逃げ遅れた住民たちは電話越しでしか言葉を交わさず、黙々と穴を掘り続ける不気味な人影も存在する。閉ざされた街「Silver Pines」そのものが、最大の謎としてプレイヤーに立ちはだかる。
ロトスコープが生み出す没入感 くたびれた探偵の一歩が持つ重み
本作の大きな特徴であり、他のゲームにはない独特の空気感を生み出しているのが、アニメーション技法「ロトスコープ」の採用だ。実写の映像を1コマずつトレースすることで生まれるウォーカーの動きは、キビキビとしたアクションゲームの主人公とはあまりにも異質である。足取りはどこか重たく、体の運びや息づかいまでもが、すでに疲れ切った中年男性そのものなのだ。この表現手法は、1915年にマックス・フライシャーが特許を出願し、弟デイヴの動きを元に道化師ココが生み出された歴史、さらに1989年にジョーダン・メカナーが弟の走りや跳躍をトレースして『Prince of Persia』の王子を生み出した伝統に連なる。このリアリティこそが、プレイヤーをして「自分ではない誰か」の身体を操作する感覚へと没入させ、避難命令の出た薄暗い街並みを歩く恐怖を一層強固なものにしている。
メトロイドヴァニア式探索と記憶を外在化する地図システム
探索は横スクロールのマップを、新たなアイテムで行ける場所を広げていくメトロイドヴァニア形式を採用している。暗がりを照らす懐中電灯、下水道に潜るためのマンホールの鍵など、収集するごとに探索範囲が広がり、必然的に行ったり来たりの移動が増える。この煩雑さを解消するのが、ゲーム内で活用できる地図システムの充実ぶりだ。主人公のウォーカーは未解決の謎を自ら地図に書き込み、さらにポラロイドカメラで撮影した写真をその場所にピン留めしてくれる。開かない扉や手の届かない物資箱を発見したら、その場で撮影しておき、必要な道具を手に入れてから写真を頼りに戻る。この「記憶の外在化」とも言える仕組みが、複雑な街の探索を見事に快適なものにしている。
限られたスタミナと貴重な弾薬 戦うか、避けるかの選択
街に残っているのは住民だけではない。影のような存在のゾンビが徘徊している。走りはしないものの、とにかくしぶとい敵で、殴っても撃ってもなかなか倒れず、不気味なうめき声とともにじりじりと間合いを詰めてくる。戦闘手段はナイフやパイプによる近接攻撃と、拳銃やショットガンによる射撃だ。近接攻撃と回避アクションはいずれもスタミナを消費し、特に回避は1回でそのほとんどを消費してしまう。焦って先にローリングすれば、空っぽのスタミナゲージのまま敵の次の一撃を待つことになる。敵の攻撃を見極めて、一回限りの回避に賭ける緊張感が、本作の戦闘の根幹を成している。
銃には照準が表示されないため、長距離では命中が難しい。確実に当てるなら敵を至近距離まで引き寄せる必要があり、リロードはミニゲーム形式で、敵を前にした余裕はほとんどない。さらに、弾薬は敵を倒す以外にも、錆びた南京錠のかかった扉を撃ち抜くためにも使用する。手もとの一発を敵に使うか、先の道を開くために取っておくか。この判断がプレイヤーの首を常に締め付ける。戦いを避けたいなら、しゃがみ歩きのステルスが有効だ。見つかっても回避で背後に回ることはできるが、武器には耐久度が設定されており、補修テープで修理しながらの運用となる。このゲームでは「倒すこと」よりも「やり過ごすこと」が賢い選択なのだ。
硬貨とセーブのジレンマ あらゆるリソースが重量を持つ設計
リソース管理の妙は、戦闘面だけにとどまらない。セーブポイントは街に点在する公衆電話で、セーブするには「硬貨」を入れてジャックマンの番号を回す必要がある。この硬貨は、自販機で弾薬や回復薬を購入するのとまったく同じ通貨なのだ。つまり、セーブ1回分のコストは、そのまま弾薬や回復薬の購入機会を失うことを意味する。ボス戦の直前に電話を見つけても、すぐに受話器を取るか、まず弾を買い足すか。この選択自体がゲームプレイの緊張感を高める。
さらに、本作では装備品「追憶の品」がプレイヤーのスタイルを補助する。リロード速度の上昇、スタミナ増加、受けるダメージの軽減など、効果はさまざまだが、身につけられる数には限りがある。強くなるというよりは弱点を埋めるためのものであり、それまでの戦いで困ったことに合わせて取捨選択することになる。インベントリ容量は初期18マスで、ショットガンやキーアイテムは4マスを占有する。「このアイテムはまだ使わないだろう」と倉庫にしまった直後に必要になる、サバイバルホラー特有の「倉庫前の葛藤」を存分に味わうことができる。
荒事に不慣れな中年探偵の一歩が刻む、サイレントヒルの夕べ
重い足取りで嵐の街を一歩ずつ進むウォーカーの姿は、ロトスコープという技法によって、他のどんなアクションゲームとも異なる質感を獲得している。それは、『SILENT HILL』が持っていた重苦しい空気を2Dで再現するための、最適な表現技法だったと言えるだろう。くたびれた探偵に自身の身体を重ね、限られたリソースと向き合いながら廃墟と化した街の謎を解き明かす。あの重厚なサイコロジカルホラーの空気感が好きなら、本作は間違いなく刺さる一本だ。本作は日本語に完全対応しており、現在Steamにて好評配信中である。