「妄想することがコンテンツになる」──PlayStationの生みの親である久夛良木健氏は、AI時代のエンタテインメントについてそう予言する。2026年9月29日、電気通信大学に設置された「エンタテインメント創造研究教育センター(CEREC)」のオープニングセレモニーに特別客員教授として参加した同氏は、パネルディスカッションおよびその後のインタビューで、AIが変えるコンテンツの未来像を語った。
妄想がコンテンツに変わるとはどういうことか
AIによる動画や音楽のリアルタイム生成技術の研究開発は急速に進展している。2028年から2029年頃には、現在のゲーム機と同等の速度でこれらの生成が可能になると見込まれている。その時点で、エンタテインメントの概念は根本から覆る。コミュニケーションや人間の妄想そのものが、即座に形を持つコンテンツへと変換される世界が到来するのだ。
例えば、最も嫌いな相手を自分の目の前に具現化することも可能になる。最高の伴侶や友達にはいずれ飽きが来るが、嫌な奴には時々会ってみたくなる。そしてぶちのめされるような体験──それをもはやゲームと呼ぶことはできない。全く新しいエンタテインメントの形が、そこに現れる。
推し活の未来もまた、一変する。現在の推し活が比較にならないほど、推しが実際に目の前に存在するかのようなリアルな交流が可能になる。さらに、海外旅行に出かけなくとも「どこでもドア」のように別世界を自由に行き来できるようになる。そこで出会う存在が実在の人間かAIかを区別する必要すらなくなる、と久夛良木氏は見ている。
「妄想がコンテンツになる」とはすなわち、人間の思考や感情がAIの生成技術によって即座に具現化され、インタラクティブな体験として享受されることを指す。既存のゲームのようにあらかじめプログラムされたコンテンツではなく、ユーザーの内面から溢れるイメージが直接反映される全く新しい体験の到来である。
ゲーム産業の光と影──テクノロジードライバーの変遷
かつてPlayStationは、テクノロジードライバーとしてゲーム業界を牽引してきた。初代PSからPS3に至るまで、高いリアルタイム性と応答性を実現するため、あらゆる新技術が積極的に採用された。グローバルなプラットフォームとエコシステムの構築は、イノベーションの連鎖を生み出した。
しかし、それ以降のゲーム業界はPCとの融合が進み、市場拡大という恩恵を受けた反面、技術面でのダイナミズムは失われた。NVIDIAやAMDがAIへと軸足を移したのに対し、現在のゲーム業界はこの流れに参入できていない。久夛良木氏は、現在のゲーム開発が物量と時間をかける割に、シェーディングの改善程度で本質的な進化が乏しいと指摘する。1990年代に10人以下のチームが3カ月で開発した『闘神伝』がテクスチャマッピングという革新を遂げていたのとは対照的だ。
なぜ3000兆円の市場が生まれるのか
現在のゲーム市場の規模は30兆円を超えるが、久夛良木氏の見方では、AIがエンタテインメントの中核に据われば、その市場は3000兆円規模にまで拡大する可能性がある。この規模になると、もはや「ゲーム」という分類には収まりきらない。コンテンツの定義そのものが変わるのだ。
AIがリアルタイムで生成するコンテンツは、人間の感性そのものを揺さぶる可能性を秘めている。感情に直接訴えかける体験や、個人の記憶と結びついた物語が、AIの手によって即座に創り出される。これは従来のゲーム体験をはるかに超える次元のエンタテインメントであり、市場規模の飛躍的拡大は決して誇張ではない。
人間中心設計からAI中心設計へ
現代のテクノロジー設計で主流となっている「人間中心設計」にも、久夛良木氏は疑問を投げかける。例えばiPhoneは、ユーザーの混乱を避けるためにUIを毎年改良し、アクセシビリティを高めてきた。しかし、そうした過度な親切設計は、ユーザーからテクノロジーの本質を考える機会を奪い、結果的にユーザーを受動的にすると指摘する。
「これからのエンタテインメントはAI中心の設計になる。AIは人間を超えなければならない」との考えから、AIを単なる道具ではなく、一つの生命体として認識する視点が重要になる。映画『ブレードランナー』シリーズのレプリカントのように、AIとの間に人間同士と似た関係性が築かれる時代が到来する。AIは人間と区別がつかない存在へと進化し、人間とのコミュニケーションも、家族や友人との関係と同様の自然なものになる、と久夛良木氏は予測する。
久夛良木氏はなぜチームを社員にしないのか
久夛良木氏のイノベーションの源泉は、独自の人材マネジメントにある。「自分でやろうと考えることが重要であり、他人に任せると退化する」という哲学のもと、プロジェクトごとにバイネームでスペシャリストを指名し、チームを結成する。初代PSの開発チームも、社員として囲い込むのではなく、プロジェクトごとに集まった才能の集合体だった。
「この人とあの人と一緒なら、妄想が実現できるかもしれないと急に発火してチームができる。その繰り返しだ」と久夛良木氏は振り返る。CERECでは、こうした即興的でありながら強力なチームを構成できる「スーパーな人材」の育成が目指されている。
同氏はまた、日本の大学の国際色の乏しさを課題視し、シリコンバレーのように世界中から多様な才能が集まる環境の重要性を強調する。「PlayStationの時も、多くの国や地域の人材と協業した。CERECも国際色豊かな場になってほしい」との期待を語る。
妄想が現実を超える日
久夛良木氏が描くエンタテインメントの未来は、テクノロジーの必然的な進化と人間の創造性が共振することで実現する。AIがリアルタイムで妄想を形にする世界では、エンタテインメントは「与えられるもの」から「自らが生み出すもの」へと変貌する。その中心には、常に人間の好奇心と想像力が存在する。
電気通信大学のCERECは、この壮大なビジョンを具現化する拠点だ。次世代のクリエイターたちが集い、妄想をコンテンツに変える実験を始めている。その成果は、今後数年以内に私たちの前に現れるだろう。ゲームを超えた、全く新しいエンタテインメントの幕開けが、今まさに始まろうとしている。