鹿児島県伊佐市、ゲーム持たず臨むTGS挑戦5年の答え合わせ

東京ゲームショウにゲームを持たず米と焼酎だけで参戦し続けた鹿児島県伊佐市の5年間の挑戦の答え合わせ。

投稿者 central
ハイライト
  • ゲームを持たず米と焼酎だけでTGSに出展したのが伊佐市だ。
  • 制服カノジョ2とのコラボで伊佐市のスポットがゲーム内に登場した。
  • TGS出展がきっかけで名古屋からITエンジニアが移住した。

「答え合わせのお時間です——」。東京ゲームショウ(TGS)2026の開幕を目前に、鹿児島県伊佐市の担当者からそんな一報が届いた。彼らは2022年から、ゲームを持たず、ただ米と焼酎だけを手に、5年連続でこの巨大イベントに参戦し続けてきた異色の出展者である。地方創生を掲げ、「転生(ひっこし)してみたら?」というキャッチコピーで、ゲーム業界関係者の移住を呼びかけてきた。その挑戦が、今年で一つの区切りを迎える。果たして5年間の活動は、何を生み出したのか。答え合わせのため、最終年のブースを訪ねた。

なぜゲームの祭典に「ゲームを持たず」に臨んだのか

鹿児島県の最北端に位置する伊佐市は、鉄道も新幹線も通っていない、まごうことなき田舎だ。夏は37度を超え、冬は氷点下6度を記録する「鹿児島の北海道」という異名を持つ。観光資源の「曽木の滝」は東洋のナイアガラとも呼ばれるが、総人口は減少の一途をたどっている。

人口減少に歯止めをかけるべく、同市が目をつけたのが東京ゲームショウだった。ゲーム業界で働くクリエイターやエンジニアに、直接アピールできる場として、TGSはうってつけだったのだ。2022年から始まったこの挑戦は、当時は「なんで自治体がTGSに?」と話題を呼んだが、今では全国各地の自治体がインディーゲームを携えて出展するのが当たり前になりつつある。しかし伊佐市は、5年が経った今も、頑なにゲームを持ち込まない。そこに彼らの戦略の妙がある。

見えた変化:ゲーム業界との接点と若者の移住

5年という歳月を経て、確かな実績が積み上がっていた。まず挙げられるのが、エンターグラムの恋愛アドベンチャー「制服カノジョ2」とのコラボレーションだ。TGS会場でのあいさつがきっかけで、伊佐市のスポットがゲーム内に登場することになった。地域住民も大いに喜び、ゲームという媒体を通じて町の魅力が発信される好例となった。

さらに、国の制度である「地域おこし協力隊」の隊員として、名古屋からITエンジニアの若者が移住してきた。彼は現在、eスポーツ事業の推進や高齢者向けスマホ講習を担当している。TGSでの情報発信が直接のきっかけではないにしろ、伊佐市が情報を発信し続けたことで、移住先としての選択肢に上がったことは間違いない。隊員は「外から来る方々を迎える気持ちが強い」と、地域の寛容さを評価していた。

eスポーツキャンプ地構想という新たな武器

そして最大のトピックは、プロeスポーツチーム「QT DIG∞」との連携だ。自然豊かな環境でデジタルデトックスを行いながら練習する、eスポーツ合宿プランのパッケージ化を目指す。カヌーや釣り、BBQ、温泉を組み合わせたこのプランは、都市部との差別化に成功した独自の武器となる。2030年の本格稼働を目標に、すでに動き出している。

「冬もありですよ!」と語る担当者。寒さ厳しい季節には、自分たちで火を起こし、伊佐米とジビエを調理する本格的なサバイバル体験を提案する。これこそ、大自然の中でしかできない泥臭いアドベンチャーであり、今どきの“映える”演出ではない。このストイックな方向性こそ、伊佐市の真骨頂なのかもしれない。

「変な街あるぞ」——その戦略が刺さった理由

他方、現実は楽観ばかりを許さない。人口は2022年の約2万4157人から、約2万2000人まで減少した。ゲーム企業の誘致という当初の大目標は、残念ながら未達に終わっている。インディーゲームを引っさげて着実なアピールをする他自治体と違い、伊佐市は米や酒、賃貸情報を並べるだけ。会場で「これ、ゲームと関係あるの?」と首をかしげる来場者も多かった。

だが、彼らはそれを逆手に取る。「どうせ都会の規模では勝負できない。だからこそ、ぶっ飛んだことをやって印象に残すしかない」。こうした“変な街”ブランディングが機能した背景には、地元企業団体「i-町んぐ i-thReee!」を中心とした強固な組織力と、住民の広い心がある。

取材中、それを象徴するようなハプニングが起きた。同じ鹿児島県出身のフォントメーカー「昭和書体」の社員が、突然ブースに現れ、自作のスポーツ用メガネグリップを取材陣に手渡し始めたのだ。誰の知り合いでもない。ただ、同じ鹿児島から来た者として、勝手に応援に来てグッズを配ったらしい。どこかのんびりしていて、かつ勇猛果敢。この薩摩男児ばりのエピソードこそ、伊佐市の人柄を物語っている。

次の挑戦へ——5年間の答え合わせの果てに

「TGSに出てよかった」。担当者はきっぱりと結論を口にした。「答えの見えない活動だったが、未知の正解は得られた。伊佐市にしかできない表現を突き詰めることができた」。5か年計画は完了したが、来年以降のTGS出展は未定だという。彼らはすでに、AIや半導体の展示会など、新たな挑戦の場を模索している。

しかし、彼らがこの5年間で確立した「必死に考えて全力で動く」という姿勢は、場所を選ばない。いつかまた、全然違う場所で、予想もしない武器を手に、私たちを驚かせてくれるだろう。米と焼酎を持って、ゲームの祭典に乗り込んだあの異色のチャレンジは、地方創生の新たな流れを生み出した一つのモデルケースとして、確かに歴史に刻まれる。来年、ふと見渡したTGSの片隅で、またあののれんをくぐる姿を見つけたら、思わず笑顔になってしまうに違いない。

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