2025年6月12日に打ち上げられたH3ロケット6号機(30形態試験機)において、リフトオフ直後から第1段エンジン付近で異物の脱落が確認された。JAXAa(宇宙航空研究開発機構)および三菱重工業は、当該事象が飛行性能や軌道投入精度に影響を与えなかったとの見解を示している。今回の打ち上げは、固体ロケットブースタ(SRB-3)を装着しない「30形態」として初のフライトであり、2025年12月の8号機打ち上げ失敗以来、約6カ月ぶりの再開ミッションとして注目されていた。
異物脱落の詳細とJAXA・三菱重工の見解
打ち上げから約43秒後、中継映像には第1段エンジン部から黒い物体が剥がれ落ちる様子が捉えられた。同日に行われた打ち上げ後記者会見で、JAXA宇宙輸送技術部門 H3プロジェクトチームの有田誠プロジェクトマネージャは「指摘の箇所は画像で確認している。ただ、まだ画像で見ている段階」と述べ、現時点での限定的な情報を示した。
サーマルブランケットの可能性
有田氏は、脱落した物体が「サーマルブランケット」と呼ばれる部材の一部である可能性に言及した。エンジン部の白い部分はエンジンカバーであり、その下部に3基のLE-9エンジンが搭載されている。LE-9は推力方向を可変する「ジンバリング」機構を備えており、エンジンの首振り動作に対応するため、柔軟な布状のサーマルブランケットで熱から保護する設計となっている。有田氏は「このサーマルブランケットがバタついたり、そこから何かが離脱したりした可能性があるとみている」と説明。現時点では、これが飛行中の振動や空力負荷により部分的に損傷したとの見方を示した。
ミッション成功率への影響評価
重要なのは、この事象がロケットの飛行に実害を及ぼさなかった点だ。有田氏は「エンジンの燃焼時間はほぼ計画通りで、軌道投入もかなり精度よくできているという結果から考えると、第1段エンジンの性能に影響を与えるような事象ではなかったと現時点では考えている」と明言した。機体製造を担う三菱重工業の北山治H3プロジェクトマネージャも「有田氏と同じ認識。LE-9の燃焼秒時も計画通りだったことから、飛行に影響があるような状況ではなかったと理解している」と同調した。
H3ロケット30形態の意義と今回のフライト
今回の6号機は、固体ロケットブースタを装着しない「30形態」として初めての打ち上げとなった。H3ロケットは当初、SRB-3を2本または3本装着する「22形態」「24形態」での運用を想定していたが、2023年の初号機打ち上げ失敗を経て、より汎用性の高い「30形態」の開発が急ピッチで進められてきた。30形態は、LE-9エンジン3基のみで構成されるため、固体ロケットブースタの調達・管理コストを削減できる一方、推力を確保するための技術的なハードルが高かった。
6号機はこれらの課題を克服し、計画通りの飛行を実現。性能確認用ペイロード「VEP-5(Vehicle Evaluation Payload-5)」の所定軌道への投入と、搭載していた超小型衛星6基の分離に成功している。これにより、30形態の基本的な飛行能力が実証されたことになる。
詳細解析の方向性と今後の30形態計画への影響
両氏とも、現時点では脱落事象の本質的な原因を断定できる段階にはないことを強調した。JAXAの有田氏は「詳細はこれから解析する。今後の30形態の計画などに与える影響もまだわからないため、この件をどのような形で扱っていくかは現時点では申し上げられない」と慎重な姿勢を示した。
三菱重工の北山氏は、具体的な解析プロセスについて「通常、この後すぐに飛行評価解析の作業に入る。動画と実際に得られているテレメトリのデータを丁寧に詳細に評価しながら、事象とその後の対応の要否を含めて検討していきたい」と語った。特に、映像から特定された物体の脱落タイミングと、テレメトリデータ上のエンジン性能パラメータ(燃焼圧力、ターボポンプ回転数、推力偏向角など)との突き合わせが、原因特定の鍵を握る。
30形態の信頼性向上に不可欠な検証
今回の事象は、H3ロケットが将来にわたって高い信頼性を維持するために、重要なデータを提供する可能性がある。サーマルブランケットの設計や取り付け方法に問題があれば、将来的な打ち上げに向けた改良の余地がある。また、LE-9エンジン周辺の熱防護システム全体の健全性を再評価する機会となる。30形態は、コスト競争力の面でH3ロケットの商業的成功を左右する重要なバリエーションであるだけに、今回の詳細解析は、今後の打ち上げ頻度や顧客からの信頼獲得に直結する。
まとめ:H3ロケットの今後の展望
ロケット6号機は、固体ロケットブースタを必要としない新たな形態での飛行を成功させ、日本の宇宙輸送技術の重要な進展を示した。一方で、エンジン付近からの物体脱落という事象が確認され、設計上の些細な弱点が露呈する可能性も浮上した。JAXAと三菱重工は、この事象を単なる「異常有り」と処理するのではなく、飛行評価解析を通じて根本原因を解明し、30形態のさらなる信頼性向上につなげる姿勢を示している。既に2026年度中には30形態による複数の打ち上げが計画されており、今回の詳細解析の結果が、今後の運用スケジュールや設計変更の要否を左右することになる。宇宙開発において、成功の中にあっても細かな異常を見逃さず、フィードバックを確実に行う姿勢こそが、長期的な信頼構築の基盤であると言えるだろう。