第81回ベネチア国際映画祭で、日本の塚本晋也監督が新作「Mr. Nelson, Did You Kill People?」(「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」)を発表した。本作は、ベトナム戦争の実話に基づく物語であり、塚本監督は会見において、戦争の加害者もまた取り返しのつかない行為に手を染めることになると警告し、戦場からの退避を強く訴えた。
塚本晋也監督、ベネチアで新作「Mr. Nelson, Did You Kill People?」を披露
日本時間9月4日、イタリア・ベネチアで開催中の同映画祭にて、塚本監督の最新作がワールドプレミアを迎えた。本作は、1966年にベトナムへ派遣された黒人米海兵隊員、アレン・ネルソンの実話を描く。彼は現地で経験した凄惨な出来事と自らが行った行為に生涯苦しめられ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と闘いながら、戦争の悲惨さを訴え続けた人物である。
塚本監督は、このネルソンの物語を知った際、「この体験を映像化せずにはいられなかった」と述べ、その強い衝動が制作の原動力になったことを明かした。現代の戦争がドローンや情報戦などその手法を変えても、被害者が味わう苦しみの本質は何ら変わらない。同時に、戦争を遂行する側の人間もまた、必然的に「恐ろしい行為」を犯してしまうという構造を、塚本監督は鋭く指摘する。
「戦争は誰も救わない」——塚本監督の平和主義と一貫したテーマ
塚本監督は、2018年に同映画祭で発表した「斬、」でも、平和主義の視点から侍の姿を描き、強い反響を呼んだ。あの作品から6年、監督は再び戦争の本質に迫る問いを投げかける。本作のタイトル「Mr. Nelson, Did You Kill People?」は、まさにネルソン自身が生涯向き合い続けた自問そのものであり、観客一人ひとりに突きつけられる重い問いでもある。
会見で塚本監督は、戦争の記憶を風化させてはならないという強い決意を語った。特に、戦争を経験した世代が減少していく現在、その体験をどのように伝承していくかは、映画製作者のみならず、社会全体の責務であると訴えた。
PTSDと向き合った実在の人物——アレン・ネルソンの軌跡
本作の主人公、アレン・ネルソンは、帰還後も戦場のフラッシュバックに苛まれ、長年にわたってPTSDと闘った。彼は自身の経験を語り部として後世に伝える活動に人生を捧げ、戦争の現実を知らない世代に警鐘を鳴らし続けた。塚本監督は、そんなネルソンの姿に、単なる被害者でもなく、英雄でもない、あるがままの人間の強さと脆さを見出したという。
映画は、戦場の壮絶な描写だけに留まらず、帰還兵の苦悩や社会の無理解といった、戦後も続く長い闘いを丁寧に描き出す。これにより、戦争の影響が決して現地だけで終わるものではないことを、観客に強く印象付ける内容となっている。
ベネチア国際映画祭が示す、反戦映画の新たな潮流
ベネチア国際映画祭は、世界三大映画祭の一つとして、常に社会的メッセージ性の強い作品を積極的に選出してきた。今回の塚本監督の新作も、その流れに位置づけられる。特に、世界各地で紛争が絶えない現代において、この映画の持つ意味は極めて大きい。
映画祭のプログラムディレクターは、本作について「戦争の加害と被害の境界を問い直す、稀有な作品」と評した。観客からも、上映終了後には長い拍手が送られ、多くの来場者が涙をぬぐう姿が見られたという。
今後の展望と日本公開への期待
「Mr. Nelson, Did You Kill People?」は、今後の世界各国の映画祭での上映が予定されており、日本公開も期待される。塚本監督は、日本国内の観客に対して「戦争を遠い国の出来事と捉えず、自分自身の問題として考えてほしい」とメッセージを送っている。
日本は憲法9条を持つ国として、戦争と平和について常に問われる立場にある。塚本監督のこの新作は、日本人だからこそ見るべき作品であり、また、戦争を知らない世代が増える中で、その記憶を継承するための重要な役割を果たすことだろう。本作が、単なるエンターテインメントを超え、観客一人ひとりの心に深く刺さる反戦のメッセージとして、長く語り継がれることを期待したい。