インドネシアのスマトラ島とボルネオ島を中心に大規模な森林火災が発生し、広範囲にわたって有害な煙霧が滞留している。この煙霧はインドネシア国内にとどまらず、マレーシア、シンガポール、フィリピンなど近隣諸国にも拡散し、各地で深刻な健康被害と学校閉鎖を引き起こしている。衛星観測データによれば、2023年8月28日から9月3日までの1週間で、インドネシアの fires から放出された炭素排出量は2300万トンを超え、過去最悪の森林火災年とされる2015年の同時期(2070万トン)を上回る極めて深刻な水準に達している。
火災の現状と地理的広がり
今回の火災の中心は、インドネシア、マレーシア、ブルネイの3カ国にまたがるボルネオ島と、同じくインドネシア領のスマトラ島である。独立系監視ポータル「Nusantara Atlas」の推定によると、2023年に入ってからインドネシア国内で焼失した土地面積はすでに30万ヘクタール近くに上る。
欧州中期天気予報センター(ECMWF)傘下の大気監視サービス「Copernicus Atmosphere Monitoring Service(CAMS)aa」の上級科学者マーク・パリントン氏は、今回の火災について「過去の強いエルニーニョ現象が発生した年と同等、あるいはそれを超える極端な火災排出量を観測している」と指摘する。同機関のデータによると、2023年7月下旬以降、インドネシアの炭素排出量は急増。8月末から9月初旬にかけての排出量は2015年の強エルニーニョ年を上回るペースで推移しており、煙霧の範囲と大気質への影響の深刻さが浮き彫りとなっている。
火災発生の複合的要因
エルニーニョ現象による乾燥化
専門家は、今回の火災拡大の背景にエルニーニョ現象の影響があると分析する。国連(UN)は今週、2023年のエルニーニョ現象が過去40年で最も強いものになる可能性があると警告している。エルニーニョ現象はインドネシアに乾燥した気候をもたらし、火災が発生しやすく、また延焼しやすい条件を作り出している。
人為的要因と泥炭地問題
しかし、乾燥した気候だけが原因ではない。Nusantara Atlasの創設者デビッド・ガボー氏は「エルニーニョ現象自体が火を点けるわけではない。あくまで乾燥した状況を作り出し、人間が始めた火災が制御不能になり大規模化しやすくなるのだ」と説明する。火災の主な原因は、農業目的で森林を伐採し焼却する「焼き畑式の土地開墾」慣行にあるとされている。
火災の消火を困難にしている最大の要因の一つが「泥炭地(ピートランド)」の存在だ。泥炭地は、水分を多く含む湿地帯の生態系で、部分的に分解された有機物の層が堆積している。乾燥すると、この有機物自体が非常に燃えやすい燃料へと変わる性質を持つ。NGO「Pantau Gambut」のデータによると、2023年1月から8月までの間に、インドネシア国内の泥炭地で21万以上のホットスポット(高温地点)が検出されている。同団体の広報担当ワヒュ・ペルダナ氏は「泥炭は本来、自然に潤った生態系であり、大量の有機物を貯蔵している。しかし、排水などで泥炭が乾燥すると、この有機物が燃料に変換されてしまう」と警鐘を鳴らす。
深刻化する健康被害と社会影響
煙霧による健康被害はすでに深刻な段階に入っている。インドネシアの保健省副大臣ダンテ・サクソノ・ハルボウォノ氏は先月、ボルネオ島とスマトラ島で延べ500万人以上が煙霧による健康リスクに直接さらされていると発表した。呼吸器系疾患の患者が増加している模様だ。
教育現場への影響も大きく、インドネシア教育省の当局者は今週、大気質の悪化により140万人以上の学生が遠隔授業を余儀なくされ、多くの学校が閉鎖されていることを明らかにした。
隣国マレーシアでは、大気汚染レベルの急上昇を受け、政府は先週金曜日、ボルネオ島のサラワク州で非常事態を宣言。週明けには約650校が閉鎖された。フィリピンでも、PM2.5濃度が「非常に不健康」「深刻な不健康」レベルに達した州や都市で学校が閉鎖され、ようやく大気質が正常に戻りつつある。また、シンガポールの国立環境庁(NEA)のデータによると、煙霧はシンガポール中央部の大気質を「不健康」レベルに押し上げている。
ASEAN枠組みでの対応と今後の課題
越境する煙霧問題に対し、インドネシアと周辺国の間では外交的な調整が進められている。インドネシア外務省報道官のヴァフド・ナビル・アフマド・ムラチェラ氏は声明で「東南アジア諸国連合(ASEAN)a加盟国間での煙霧問題に関する定例会合とフォローアップ措置は今後も継続される」と述べ、国際的な枠組みを通じた問題解決への姿勢を示した。
しかし、焼畑農業とエルニーニョ現象という複合的な要因に加え、一度火災が発生すると消火が極めて困難な泥炭地の特性を考慮すれば、短期的な解決は容易ではない。CAMSのパリントン氏が指摘する通り、現在の排出量は過去最悪の火災年に匹敵しており、このまま乾季が続けば、さらに状況が悪化する可能性も否定できない。日本を含む国際社会としては、大気質のモニタリングや発生源への対策支援など、長期的な視点に立った取り組みが引き続き求められる。