暗号資産(仮想通貨)イーサリアム(ETH)の基盤技術に、重大な転換が迫っている。イーサリアム財団の研究者であるジャスティン・ドレイク氏は13日、将来の量子コンピュータによる脅威に備える「耐量子暗号」について、メインネット(L1)で採用するハッシュ関数を、現在計画中の「ポセイドン(Poseidon)」から従来型のハッシュ関数へと移行させる方針を正式に発表した。この判断は、イーサリアムが目指す「リーン(スリムで効率的)」な設計思想に、より高いセキュリティとシンプルさをもたらすための戦略的な選択として注目されている。
ポセイドンからSHA2・BLAKE2sへ、その理由
これまでイーサリアムコミュニティでは、ゼロ知識証明(ZK-SNARKs)との親和性が高いポセイドンハッシュ関数を、プロトコルの要所に採用する方向で開発が進められてきた。しかし、ドレイク氏は今回、この方針を転換。ポセイドンではなく、すでに広く実績のある「SHA2」や「BLAKE2s」といった従来型ハッシュ関数を基盤とした方式へと軸足を移すと明らかにした。
この決定の背景には、ハッシュベースの暗号方式における「黄金のバランス」の追求がある。SHA2やBLAKE2sは、ビットコインやイーサリアムを含む多くのブロックチェーンで採用されてきた実績があり、そのセキュリティは長年にわたる暗号解析によって厳しく検証されている。ポセイドンがZK-SNARKsの効率性で優れる一方で、基礎的なセキュリティ仮定のシンプルさや、幅広いユースケースへの適応性においては、従来型のハッシュ関数に軍配が上がるとの判断が働いたとみられる。
「リーンイーサリアム」を支えるセキュリティ基盤
ドレイク氏は、この転換が「リーン(スリムで効率的)」なイーサリアムを実現するための重要なステップになると強調する。ポセイドンはゼロ知識証明の効率化に特化した設計である一方で、その特殊な構造ゆえに、実装の複雑さや予期せぬ脆弱性のリスクが常に指摘されていた。
今回の決定により、イーサリアムはより保守的で検証済みの技術スタックを採用することになる。具体的には、量子コンピュータによる攻撃に耐性を持つ暗号方式として、従来型ハッシュ関数をベースとした「ハッシュベース署名」や「マークル木」を用いた方式への移行が想定されている。これにより、コードベースのメンテナンス性が向上し、監査やセキュリティレビューがより効率的に行えるようになるというメリットも生まれる。
量子コンピュータ対策、なぜいま転換するのか
量子コンピュータの実用化はまだ先のことではあるが、ブロックチェーン業界では「耐量子暗号」への準備が急務となっている。現在の公開鍵暗号(ECDSAなど)は、将来的な量子コンピュータによって容易に破られる可能性があるためだ。イーサリアムはこの問題に対して、ポスト量子時代を見据えたプロアクティブな対策を進めてきた。
今回のポセイドンからの移行は、その過程で生じた軌道修正といえる。ポセイドン自体も耐量子性を目的とした関数の一つではあるが、SHA2やBLAKE2sのように、すでに広く普及しているハッシュ関数を用いた方式は、暗号コミュニティにおける合意形成が進んでおり、標準化や監査の面で明確な優位性を持つ。イーサリアム財団は、将来のリスクを最小化するために、より確立された技術へと舵を切った形だ。
イーサリアムコミュニティへの影響は
この発表は、ZKロールアップやプライバシー技術を開発するチームにとって、無視できない影響を与える。多くのプロジェクトがポセイドンハッシュ関数を前提に回路設計や最適化を行ってきたからだ。しかし今回の方針転換は、メインネット(L1)のプロトコルレベルの話であり、L2や特定のアプリケーションがポセイドンを使用することを禁止するものではない。
むしろ、L1がよりシンプルでセキュアな基盤に移行することで、レイヤー全体のセキュリティモデルが強化されるというポジティブな側面も指摘されている。開発者コミュニティからは、長期的なメンテナンス性を考慮すれば賢明な判断だとする声や、SHA2やBLAKE2sへの移行によって監査コストが削減されるといった期待の声も上がっている。
今後のロードマップと実装スケジュール
具体的な実装スケジュールは現時点で明らかになっていないが、ドレイク氏は移行が段階的に行われる可能性を示唆している。まずはテストネットで新しいハッシュ関数を用いた耐量子署名の試験が行われ、その結果を踏まえてメインネットへの適用が議論される見通しだ。イーサリアムのアップグレードプロセスは、通常、コア開発者による合意形成(EIPの策定)を経て実行されるため、実際の導入には長期的な議論と開発が必要となる。
いずれにせよ、この決定はイーサリアムが「将来の脅威」に対して、極めて現実的かつ実証済みの技術で対抗するという強い意志を示すものだ。量子コンピュータの時代が本格的に到来する前に、世界最大級のスマートコントラクトプラットフォームがどのような防衛線を敷くのか。今回のポセイドンからSHA2・BLAKE2sへの方針転換は、その重要な第一章となるだろう。