マサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院生とポスドク研究員25名が、この春、ワシントンD.C.を訪れ、連邦政府による科学研究予算の維持を直接訴える異例のロビー活動を実施した。全米科学財団(NSF)のプログラム縮減や、連邦研究予算をめぐる不透明感が続く中、研究現場の最前線に立つ若手研究者たちが、自らの声を政治の場に届けるために動いたのである。
わずか2日間で62の議会事務所と面会——32州をカバー
参加した25名の学生とポスドク研究員は、わずか2日間という強行日程の中で、32州にまたがる62の連邦議会事務所を訪問。各分野の専門知識を武器に、科学研究への連邦支援の重要性や高等教育政策について、議員スタッフらと直接対話を行った。人工知能(AI)、環境科学・工学、エネルギー、宇宙、医療——それぞれの専門領域に根ざした具体的な政策提言も交えながら、科学研究費の継続的な確保を訴えたのである。
特に注目すべきは、超党派のスタッフからAIのプライバシーとセキュリティに関する関心が高かった点だ。また、深海採掘が環境に与える影響といった、地球規模の環境トピックについても活発な議論が交わされた。各議員事務所は、研究現場の生の声を聞くことで、抽象的な予算決定が、実際の研究者やプロジェクトとどのようにつながっているのかを、より具体的に理解する機会を得たようだ。
MIT科学政策イニシアチブ(SPI)とは——若手研究者を政策の最前線へ
この活動の背景にあるのが、MITの学生団体「Science Policy Initiative(SPI)」だ。SPIは毎年春、大学院生やポスドク研究員を対象に、連邦議会の政策形成プロセスを学ぶプログラム「Congressional Visit Days(CVD)」を主催している。このプログラムの目的は、科学者が政策提言に積極的に関与する方法を実践的に学ぶ場を提供することにある。
SPIは単なる lobbying 活動の支援にとどまらない。参加者は事前に3回のトレーニングセッションを受講。MITワシントンオフィスやMIT政策ラボの協力のもと、連邦歳出予算のプロセス、議員スタッフの役割、科学的専門知識を政策立案者に伝えるための実践的戦略を学ぶ。模擬議会訪問(モック・ヒルミーティング)を通じて、自身の研究内容と政策提言をどう伝えるか、徹底的に練習を重ねたという。
今年のCVD共同主催者が語る——プログラムの進化と意義
今年のCVDは、MIT土木環境工学科の博士課程学生オードリー・パーカー氏と、MITおよびウッズホール海洋研究所(WHOI)の物理海洋学博士課程学生イアン・ロバートソン氏が共同で主催した。ロバートソン氏は、昨年参加者として参加した経験から、今年は共同リーダーへのステップアップを決意。その意義を次のように語っている。
「昨年参加者としてこのプログラムに参加した経験から、今年は共同リーダーという大きな責任を引き受けましたが、その価値は十分にありました。これまでのリーダーの活動を基盤に、参加者が単に科学研究費の一般論を語るだけでなく、自分たちの研究に直結した具体的な政策について議論できるよう訓練し、励ますことに注力しました。CVDプログラムが今後も、学生やポスドクにとって、科学政策に関する議会との対話のモデルケースを提供し続け、研究と政策を結びつける多様なキャリアパスを認識するきっかけとなることを期待しています」
「ワシントンは不可逆的に分断されている」という認識を覆す
参加者の一人で、博士課程1年のロドリゴ・ズニガ氏は、このプログラムが自身の政治観に与えた影響について、強い印象を語る。
「ワシントンD.C.を訪れることで、科学と政治の関係についてまったく新しい視点を得ました。今日のニュースやソーシャルメディアの状況を見ると、ワシントンは不可逆的に分断されていると簡単に考えてしまいます。しかし、実際に与党と野党の両方のスタッフと話をしてみると、超党派主義への一般的な意欲と、科学に対する幅広い支持を目の当たりにしました。このCVDの経験を通じて最も明確になったのは、科学的訓練と専門知識を持つ人間が、地方、州、連邦政府の各レベルで積極的に関与する余地と緊急の必要性が大いにあるということです」
科学と政治の交差点——日本の読者への示唆
このMITの取り組みは、日本の研究コミュニティにとっても示唆に富む。科学技術政策の形成過程において、研究者自身がどのように関与すべきか——日本では、研究者と政策立案者の間の対話の機会が、欧米と比較して限定的であるとの指摘は少なくない。
科学技術が社会のあらゆる側面を形作る現代において、研究現場の声を政策に反映させる仕組みの重要性は、日米を問わず高まっている。MITのCVDプログラムは、そのための具体的かつ実践的なモデルを提示していると言えるだろう。日本の大学や研究機関においても、研究者が政策対話のスキルを身につけ、政治の場で自らの専門性を活かすための教育プログラムの整備が、今後ますます求められるのではないだろうか。
研究成果を実験室の中だけにとどめず、社会の意思決定に結びつける——そのための一歩として、MITの若き研究者たちが示したこの実践は、科学の未来を考える上で、多くの示唆に富んでいる。