オーストラリアの右派政党「ワン・ネーション」が、将来の年金拠出金の一部を現在の手取り収入に振り替えることを認める制度改革案を発表した。直近の世論調査で支持率を急伸させている同党は、生活費の高騰に苦しむ有権者を強く意識した政策を打ち出した格好だ。与党である中道左派の労働党は即座に反発し、この案は「年金貯蓄への全面攻撃」だと非難している。
年金拠出の4分の1を最大3年間、手取り収入に上乗せ
ワン・ネーションの党首ポーリン・ハンソン氏が発表した政策の核心は、賃貸住宅や住宅ローンを抱える労働者が、法定の年金拠出額のうち4分の1を、将来の積み立てではなく現在の給与として受け取ることを選択できるようにするというものだ。この選択は最大で3年間可能であり、追加で受け取る分の課税は通常の所得税率ではなく、優遇税率が適用される。
ハンソン氏は声明の中で、「ワン・ネーションは国民に息抜きの余地を与えたい。必要な時に、自分のお金をもっと手元に残せるようにする」と述べ、生活費圧迫感の緩和を強調した。
具体的な試算として、年収約9万500オーストラリアドル(約932万円)のフルタイム労働者の場合、この政策によって税引き後の手取り収入が年間約2300オーストラリアドル(約23万7000円)増加するという。なお、雇用主による法定拠出率である12%は維持されるため、企業負担が増えるわけではない。
急進的な政策の背景にあるもの:移民問題と生活費危機
1997年に設立されたワン・ネーションは、長らく泡沫政党と見なされてきた。しかし、ハンソン氏の強硬な移民政策が支持を集め、最近の世論調査では存在感を高めている。オーストラリア紙が8月30日に発表した注目の世論調査「ニュースポール」では、ワン・ネーションの第一投票率は前回調査比1ポイント増の30%に達し、与党労働党(29%)を上回り、野党の自由党・国民党連合(19%)に大差をつける結果となった。
この支持率急伸の背景には、燃料価格の高騰を主因とする生活費の高騰がある。有権者の間では、生活費問題と移民問題が最優先の関心事として並んでおり、ワン・ネーションの主張が現状に不満を持つ層の心を掴んでいることが分かる。
労働党は「退職後の貧困を招く」と強く反発
これに対し、オーストラリアのジム・チャーマーズ財務相は、ワン・ネーションの政策を「退職後の貯蓄に対する全面攻撃」と断定。2028年に予定される次回連邦選挙は、約4兆5000億オーストラリアドル(約465兆円)に膨らむ年金セクターの在り方を問う国民投票になると警告した。
チャーマーズ氏は、「これは労働者を退職時に数万ドルも貧しくするレシピだ」と述べ、複利効果による損失が短期的な利益をはるかに上回ると批判している。
日本の年金議論への示唆:資産形成と可処分所得のトレードオフ
本件は、確定拠出年金の積立額を減らして手取りを増やすという、極めて明確なトレードオフを提示している点で注目に値する。日本でもiDeCoや企業型確定拠出年金(DC)の普及が進む一方、物価上昇による実質賃金の低下が長年問題となっている。将来の資産形成を優先するか、現在の可処分所得を増やすかという議論は、オーストラリアだけのものではない。
ワン・ネーションの提案は、短期的な景気刺激効果と長期的な老後不安を天秤にかける政治的なメッセージとして受け止められる。年金制度の持続可能性と、家計の短期的な負担軽減。このジレンマは、先進国に共通する構造的な課題であると言える。今後のオーストラリア政界におけるこの案の行方は、日本の年金政策を考える上でも一つの参考材料となるだろう。