2026年7月、米国の名門アイビーリーグ校であるブラウン大学で、AI(人工知能)を過度に活用した学生たちが直面した現実が、教育関係者に衝撃を与えている。同大学のコンピューターサイエンス(CS)学科で教鞭を執るRoberto Serra教授は、中間試験において、オンライン形式で行われた試験で学生の平均点が96点という異例の高得点を記録したことを受け、対面式の筆記試験に急遽切り替えた。その結果、平均点は55点にまで急落。この drastic な変化は、生成系AIを使ったカンニングが、もはや一部の学生の姑息な手段ではなく、教育システム全体を揺るがす構造的な問題に発展していることを如実に示している。
オンライン試験での異常値:平均96点が示すもの
Serra教授が担当するCSコースの中間試験は、当初、自宅から受験できるオンライン形式で実施された。試験結果は、全受験者の平均点が96点という驚愕の数字を叩き出した。もちろん、学生の努力の成果である可能性も否定はできない。しかし、問題の複雑さや過去の試験結果との比較から、教授は「この数字は異常だ」と即座に判断。学生たちがこぞってChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)を解答に利用した可能性が極めて高いと結論づけた。
この判断の背景には、AIが生成する回答の特徴に関する深い知見がある。AIは与えられた問題に対して、非常に流暢で、一見すると正しそうな解答を瞬時に生成する。特にプログラミングや数学的なロジックが求められるCS分野では、AIの回答が「もっともらしい」ものになりやすく、学生がそれをそのまま提出してしまうケースが後を絶たない。平均96点という数字は、ほぼ全員がAIの回答をそのまま、あるいはわずかに修正して提出したことを強く示唆している。
対面試験への切り替えと55点への急落
事態を重く見たSerra教授は、中間試験の直後に実施された別の評価を、従来のオンライン形式から、監視下での対面式筆記試験に変更した。この決断は、AI利用の実態を明確にするためのメッセージとして機能した。
結果は、教授の予想を裏付けるものとなった。対面試験での平均点は55点。オンライン試験の96点から、実に41ポイントもの下落である。この数字は、AIの支援なしでは、多くの学生が基礎的な概念や応用力を十分に習得していなかったことを意味する。ある学生はオンラインで97点を取りながら、対面試験では50点台に留まった。こうした例は枚挙に暇がなく、AIへの依存度の高さと、それによって隠蔽されていた学力の実態が白日のもとに晒された形だ。
「AIを使いすぎた結果」に見る教育上の深刻な課題
今回のブラウン大学の事例が示す問題は、単なる「カンニングの摘発」にとどまらない。より本質的には、「AIが学習プロセスそのものを阻害している」という点にある。学生は、自ら思考し、試行錯誤し、間違いから学ぶという、最も重要なプロセスをAIに委譲してしまっている。その結果、テストの点数というアウトプットだけが仮初めに向上し、真の理解や問題解決能力は育成されないままとなっている。
Serra教授はこの事態について、学生たちが「AIを使いすぎた結果」だと表現している。教授は、AIをツールとして使うこと自体を否定しているわけではない。問題は、自らの頭で考えることを放棄してしまう依存のあり方にある。この警鐘は、日本の大学や高等教育機関にとっても決して他人事ではない。すでに国内の多くの大学で、レポートや課題におけるAI利用のガイドライン策定が急ピッチで進められているが、今回の事例は、その対策の緊急性と重要性を改めて浮き彫りにした。
AI時代における学びの定義
ブラウン大学の一件は、教育の現場に一つの大きな問いを投げかけている。AIが瞬時に答えを出すことが当たり前の時代において、「学ぶ」という行為の本質は何なのか。知識を記憶することよりも、AIの出力を批判的に評価する力(批判的思考)、問題を発見し解決のプロセスを設計する力(デザイン思考)、そしてAIと人間が協働するためのリテラシー(AIリテラシー)こそが、これからの時代に求められる能力なのかもしれない。
とはいえ、今回の平均点の急落は、多くの学生がまだそのような高次の能力を身につけられていない現実を突きつけた。米国のトップ大学でさえこの状況である。教育機関には、AIを「禁止する」という対処療法ではなく、AIを正しく活用しながら、人間にしかできない思考力を鍛えるカリキュラムへの抜本的な変革が今、強く求められている。ブラウン大学のケースは、その変革の必要性を示す、ひとつの重要な分岐点と言えるだろう。