英語ができなくても大丈夫——サイレントヒルが実践するグローバル開発の真実

CEDEC2026基調講演で明かされた、サイレントヒル復活の舞台裏。英語不要でグローバル開発を成功させる実践的手法。

投稿者 central
岡本基プロデューサーが語る、チームの80%が英語を話せない中での海外開発術。
ハイライト
  • サイレントヒル復活の開発陣は全員が新規で、約半数が20代という若いチーム構成だ。
  • 機械翻訳とテキストコミュニケーションの徹底により、言語の壁を克服している。
  • ファンコミュニティとの相互作用を重視し、キャラクターの誕生日イベントで公式がイラストを投稿する。

「英語ができなくても、いいゲームは作れる」。コナミデジタルエンタテインメントの統括プロデューサー・岡本基氏は、CEDEC2026の基調講演でそう断言した。サイレントヒルシリーズ復活の舞台裏で実践されているのは、言語の壁を機械翻訳で乗り越え、開発チームの80%が英語を話せないにもかかわらず、海外スタジオと渡り合うグローバル開発の新たなスタンダードだ。本稿では、同講演「SILENT HILLのプロデュース術 『推し』の時代に推されるゲームをめざすには? ユーザーの熱量を重視するプロデュース方針と海外開発を軸にしたグローバルゲーム開発進行」の内容を、実務的な視点から詳報する。

ゼロからの再出発——過去作のメンバーは0人、チームの半数は20代

岡本氏は講演の冒頭、シリーズ復活に際してチームを一から構築した経緯を明かした。25年の歴史を持つサイレントヒルシリーズだが、復活後の開発陣はほぼ全員が入れ替わっており、過去作に関わったメンバーはゼロ。チームの約半数が20代という若い構成で、新たな船出となった。

この背景には、グローバルな開発環境への適応力の高さがある。岡本氏は「新卒の頃からグローバル化が当たり前の環境なので、自然と慣れていける」と説明。英語が話せないことへの抵抗感よりも「いいゲームが作れるかどうか」が最優先事項であると語った。

英語力8割不足でも成立する——テキストベースの機械翻訳が生む効率

最も注目を集めたのは、言語障壁に対する現実的なアプローチだ。開発パートナーのほぼ全てが海外に拠点を置いており、アメリカ、欧州、アジアと地域は多岐にわたる。当然、共通言語は英語だが、チームメンバーの80%は英語を流暢に話せないという。

そこで採用されたのが、機械翻訳を用いたテキストコミュニケーションの徹底だ。岡本氏によれば、ビデオ会議を開催するたびに通訳を手配するのは時間的・金銭的コストが膨大になる。そのため、チャットツールやドキュメントを中心とした非同期コミュニケーションを基本とし、翻訳ツールでやり取りを行う体制を構築した。

この手法のメリットは、双方が自分のペースで正確に内容を理解できる点にある。リアルタイムの通訳ではどうしてもニュアンスが欠落しがちだが、テキストであれば翻訳の精度を確認しながら進められる。岡本氏は「英語が喋れなくても問題ない。大切なのは意思疎通の方法を工夫することだ」と述べ、言語能力ではなくプロジェクトマネジメントの柔軟性が重要であると強調した。

「SILENT HILL 2」に見るグローバル開発の文化差と共通基盤

続いて登壇したアシスタントプロデューサーの松尾泰樹氏は、実際に「SILENT HILL 2」の開発現場で経験した文化の違いを具体的に解説した。松尾氏は「ゲーム開発の工程は世界的に標準化が進んでおり、国が違っても共通のフレームワークで動ける」と前置き。その上で、特に顕著だった2つの認識の差を挙げた。

アクセシビリティは「品質」か「工数」か

1つ目はアクセシビリティに対する考え方の違いだ。日本国内では「工数がかかる」という理由で後回しにされがちなアクセシビリティ機能だが、海外スタジオはこれを「製品品質の一部」と捉える。松尾氏は、ディスレクシア(読字障害)を持つプレイヤー向けに「Dyslexic」フォントを実装した事例を紹介。通常のBoldフォントに加えて、視認性の高い専用フォントを用意することで、より多くのプレイヤーにゲームを楽しんでもらえる環境を整えた。

マスター提出のタイミング——完璧主義 vs アジャイル対応

2つ目はリリース時点の品質に対する考え方だ。KONAMI側は「マスター(製品版)提出時点で最大限の品質を担保する」という姿勢なのに対し、海外スタジオは「早期にマスターを提出し、Day 1パッチで改善する」というアプローチを取る。松尾氏は「開発終盤にこの認識の齟齬が露呈した」と振り返り、今後はプロジェクト初期の段階で、品質ラインやスケジュール感をすり合わせることの重要性を痛感したという。

「遠回しな表現」は通じない——明確で簡潔な直接コミュニケーション

さらに、コミュニケーションスタイルの違いも大きなテーマとなった。日本では「配慮や関係性を重視した遠回しな表現」が好まれるが、グローバルな開発現場では「明確で簡潔な直接的な表現」が不可欠だ。松尾氏は「文化の差はあれど、ゲームを作る仲間としてリスペクトを大切にすることが大前提」としながらも、初期段階からクオリティラインやスケジュールを明文化し、互いの認識を合わせることの重要性を説いた。

「サイレントヒル」を現象に——「SILENT HILL f」が目指したもの

岡本氏は、シリーズの次なる展開として「SILENT HILL f」の開発コンセプトを詳述した。過去シリーズが「舞台が同じだから飽きられてしまった」という分析のもと、舞台をサイレントヒルの町から外に拡張する決断を下した。その結果生まれたのが「サイレントヒルという現象」としてシリーズを捉える考え方だ。

「アジア展開が面白そう」「KONAMIは日本の会社なら、舞台は日本でしょ」という自然な流れで、1960年代の日本を舞台にすることが決定。シナリオには竜騎士07氏を起用した。岡本氏は起用理由について「作品の傾向的にサイレントヒルが好きそう」「ホラー作品の経験が多い」「自分自身がファン」の3点を挙げ、さらに「作家に発注するなら、全著作物の少なくとも過半数は読んでから発注すべき」という持論を展開。作家性や癖を把握した上で依頼することの重要性を強調した。

「日本っぽい」ではなく「1960年の日本」——ロケハンが生んだリアリティ

「SILENT HILL f」の開発では、海外スタジオとの協業ならではの課題にも直面した。プロデューサーアシスタントの杉本絢音氏は、日本の昭和的な家屋の再現に苦心したエピソードを披露。海外スタジオが熱心に勉強しても、素材の質感や家具の配置、生活感のあるディテールはなかなか伝わりにくい。

そこでKONAMIは、「日本っぽい」という漠然とした表現ではなく「1960年の日本」という具体的なターゲットを設定。当時の資料を元に、実際の配置や雰囲気を細かくチェックするディレクションを行った。さらに、モデルとなった岐阜県下呂市を実際に訪れ、ロケハンや音声収録も実施。地元の観光協会にも挨拶し、協力を得ながら開発を進めたという。

考察され、推されるゲーム——ファンダムとの共創戦略

講演の後半では、昨今の「考察ブーム」と「推し活ブーム」を意識したマーケティング戦略が紹介された。岡本氏は「事実はしっかり存在しているものの、すべてが明かされておらず、物語に曖昧さがあることで考察を楽しめる余地が生まれる」と分析。細部に至るまで作り込まれた設定を意図的に隠すことで、プレイヤー自身が謎を解き明かす楽しみを提供している。

その好例として紹介されたのが、狐面の男「メロ狐」だ。同キャラクターは女性ファンの間で人気を博し、同人誌が何冊も制作されるほどのブームに。これまでのサイレントヒルシリーズとは明らかに異なる層にリーチできたという。岡本氏は、キャラクターの誕生日などイベントに合わせて公式からイラストを投稿することで「燃料を投下」し、ファンダムと共に成長していく姿勢を重視していると語った。

英語ができなくても——グローバル開発の新たなパラダイム

CEDEC2026の基調講演は、単なるゲーム開発の裏話にとどまらず、日本企業がグローバル市場で競争するための実践的な知見に満ちていた。「英語ができない」というハンディキャップを、機械翻訳とテキストコミュニケーションの徹底で克服する手法は、ゲーム業界のみならず、あらゆる業種の国際的なプロジェクトマネジメントに応用可能な示唆を含んでいる。

サイレントヒルシリーズの復活は、言語の壁を越えた「いいゲームを作りたい」という純粋な情熱と、それを支える現実的なマネジメント手法の賜物と言えるだろう。講演で語られた「大切なのは、いいゲームが作れるかだ」という言葉は、グローバル化が進む日本のコンテンツ業界にとって、普遍的な指針となる。

この記事をシェア