アメリカは、世界で最も富裕層になりやすい国であり続けています。この事実を、自由と機会の象徴として歓迎する見方がある一方で、行き過ぎた資本主義の歪みを如実に示す証拠とする声も少なくありません。経済学者として議論すべきは、億万長者や兆万長者の存在そのものの是非ではなく、その対極にあるシステムの実態です。その対極こそ、欧州に存在します。欧州のシステムは、富裕層が「富みすぎない」ことを徹底し、その代わりに彼らの資産は努力によってではなく、世代を超えた相続によって固定化されているのが現状です。
本稿では、アメリカと欧州における富裕層形成のメカニズムを比較し、その背景にある政策や文化の違いを深掘りします。富裕層を目指す個人にとって最適な地は、結局のところどこなのか。その問いに対するデータと歴史に基づいた答えを提示します。
フィレンツェにみる欧州の「富の固定化」
イタリア・フィレンツェの歴史を紐解けば、この問題の本質が浮かび上がります。同市の最富裕層の家系は、実に600年もの長きにわたってその地位を維持し続けています。これは極端な事例かもしれませんが、欧州では決して珍しいことではありません。フランス、ドイツ、イギリスなど、大陸の主要国においても、上位の富裕層は代々同じ家系が占めているケースが多く見られます。彼らの富は、ビジネスでの成功や革新によって築かれたものではなく、過去の資産を守り、子孫へと受け継ぐことで維持されています。
相続が生む「世代間不平等」の構図
この現象は、政策と文化の双方に起因しています。欧州諸国は一般的に、高率な相続税や資産税を導入することで、一代で巨万の富を築くことを抑制する方向に政策の舵を切ってきました。しかしその一方で、過去からの資産を守るための法的な枠組みや信託制度も同時に発展させてきました。結果として、新規参入者が富裕層の仲間入りをする障壁は極めて高く、富は「流動性」よりも「固定性」を強く帯びることになります。
アメリカの「自己創造型」富裕層の実像
対照的に、アメリカの富裕層の顔ぶれは驚くほど流動的です。最も裕福な層を見ると、その多くが一代で財を成した「自己創造型(self-made)」の人物であることが分かります。これは欧州とは根本的に異なる特徴であり、アメリカが金持ちになるための国であると評価される最大の根拠の一つです。
女性富裕層の割合が示すもの
この違いを鮮やかに浮き彫りにしているのが、富裕層における女性の割合に関するデータです。2007年に発表された2人の経済学者による研究では、アメリカの上位世帯(トップ0.01%)における女性の構成比が、1960年代には約50%だったのに対し、2000年頃には3分の1未満にまで低下していることが明らかになりました。この減少の背景について、研究者らは富裕層の構成が変化したためだと推測しています。
相続によって富が継承される場合、男性と女性の間でその恩恵を均等に受ける確率は高いため、女性の割合は高くなります。しかし、アメリカのように自己創造型の起業家が富裕層を席巻する社会では、資産を自ら蓄積する機会に依然として格差がある女性の割合は、結果として低くなるのです。「アメリカの最も裕福な層は、自らの力で這い上がった男性起業家が支配している」というこの結論は、世界の富豪リストを一目見れば、その通りだと誰もが納得するでしょう。
どちらのシステムが「正しい」のか
ここで重要なのは、どちらのシステムが優れているかという単純な二元論ではありません。アメリカのシステムは、個人の才覚と努力に最大のリターンをもたらす機会を提供する一方で、新たな格差を生み出し、社会の流動性を担保しているに過ぎないとも言えます。一方、欧州のシステムは、急激な格差の拡大を防ぎ、社会の安定性を重視する代わりに、成功への参入障壁が高く、富の固定化という新たな問題を抱えています。
経済学者として注視すべきは、両者の間にあるトレードオフの関係です。どちらも完璧なシステムではなく、一方を選べば他方の課題が浮上する。このジレンマを認識した上で、「富を築く」という個人の目標にとって、どちらの土壌がより適しているのかを冷静に判断する必要があります。現時点でのデータが示す限り、自己の能力とリスクを取って富を追い求めるならば、アメリカという選択肢が、圧倒的な現実味を帯びていることは間違いありません。