日本円に連動するステーブルコイン(円建てステーブルコイン)の発行が、2026年度に複数の方式で同時に立ち上がる「複線化」の様相を呈しています。先行するJPYC株式会社が発行する「JPYC」は、2025年8月に資金移動業の登録を完了し、同年10月27日から本格的な発行を開始。2026年4月15日時点の累計発行額は21億円を超え、直近3カ月間で約2.6倍のペースで拡大しています。これに対し、三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行の3メガバンクは2026年6月に共同で協議会を設置し、2026年度中の実取引開始を目指すと発表。さらにSBIホールディングスが「JPYSC」、日本ブロックチェーン基盤が「EJPY」を表明するなど、市場への参入が相次いでいます。
なぜ今、複線化が進むのか——法的な「器」の違い
同じ「1円」という単位でありながら、これらのステーブルコインは拠って立つ法的な枠組みが根本的に異なります。この違いは、発行体が破綻した際の保全の仕組みや、送金・償還にかかる手続き、さらには対応するブロックチェーンにまで影響を及ぼします。
JPYCは、資金移動業者が発行する電子決済手段として位置づけられています。利用者から預かった資金の保全は、資金移動業の枠組みに従い、分別管理が義務づけられています。一方、3メガバンクが検討しているのは、銀行を共同委託者、信託銀行を受託者とする信託契約に基づき、資金決済に関する法律第2条第9項に定める特定信託受益権として発行する形式です。これは信託型と呼ばれ、SBIの「JPYSC」や日本ブロックチェーン基盤の「EJPY」も同様の方式を採用する見通しです。
同じ「1円」でも、知っておくべき違い
利用者の立場から見れば、どのステーブルコインも画面上では「1円」と表示され、日常的な使い勝手に大きな差は感じられないかもしれません。しかし、法的な器が異なるということは、万が一の場合のリスク構造が異なることを意味します。具体的には、発行体が破綻した際に資金がどのように保護されるのか、どのブロックチェーン上で発行され、どのウォレットで管理できるのかが変わってきます。決済手段としての利便性だけでなく、自分がどの「器」で発行されたトークンを保有しているのかを意識する習慣が、これからは必要になるでしょう。
企業間決済こそが本命——メガバンクの戦略
3メガバンクの取り組みの最大の特徴は、個人間決済よりも、国境を越えた企業間決済(クロスボーダーB2B決済)を主な用途として想定している点にあります。2025年11月には、3行と三菱UFJ信託銀行による共同発行体と、三菱商事の国内外拠点間での決済利用を検証する実証実験が、金融庁の「FinTech実証実験ハブ」の支援案件に採択されました。
銀行にとって、ステーブルコインは既存の銀行間送金網(例えばSWIFT)を単純に置き換える道具ではありません。むしろ、決済のタイミングと資金の精算をほぼリアルタイムで同期させる仕組みとして捉えられています。これにより、従来は数日かかっていた国際送金の決済サイクルを短縮し、為替リスクやカウンターパーティリスクの低減が期待されています。
市場撤退局面における「受け皿」としての役割
ステーブルコインの重要性は、市場が拡大する時だけでなく、縮小する時にも顕在化します。暗号資産(仮想通貨)デリバティブ取引所「BitMEX」は段階的な閉鎖を進めており、2026年9月28日以降の出金対応をイーサリアム上のUSDT、USDC、ETHの3種類に限定する方針を示しました。取引所がその役割を終えるとき、利用者の資金が最後に通過する経路がステーブルコインになるという構図です。円建てステーブルコインにも同様の役割が期待されるなら、対応するブロックチェーンとウォレットの選択肢の広さは、発行体を比較する上で実質的に重要な指標となります。
2026年度が終わる頃には——使い分けの定着が鍵に
2026年度末には、資金移動業型(JPYCなど)と信託型(メガバンクやSBIなど)が同じ市場で共存することになります。どちらか一方が競争に勝つというより、利用シーンによって適切な「器」を使い分ける習慣がどの程度定着するかが、日本の決済インフラの将来像を左右するでしょう。送金の速度やコスト、発行体の信用力、対応チェーンの広さ——こうした要素を天秤にかけながら、個人と企業が賢く選択できる環境が整いつつあります。