アンモニアは世界で最も重要な化学物質のひとつであり、年間の総生産量は硫酸に次ぐ規模を誇る。主に肥料の原料として、世界の人口を支える食料生産に不可欠な存在だ。しかしその製造プロセスは、世界のエネルギー消費量の最大2%、温室効果ガス排出量の約1.5%を占めており、持続可能な社会の実現に向けて、より環境負荷の低い製造方法の開発が急務となっている。
そうした状況の中、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、電気化学的なアンモニア合成に有望な触媒を予測する新たな手法を開発した。この成果は、グリーンアンモニア製造の実用化に向けた大きな一歩として注目されている。
アンモニア製造のジレンマ
現在、アンモニアの90%以上はハーバー・ボッシュ法によって生産されている。100年以上前に確立されたこのプロセスは、高温・高圧の条件下で窒素と水素を反応させるもので、これまで徹底的な効率化が図られてきた。しかし、必要な熱や水素の供給に化石燃料を依存している点が、二酸化炭素排出の大きな要因となっている。
これに対し、電気化学的なアプローチは、熱と圧力の代わりに電力を用いて反応を駆動する。基本原理は水電解装置(電解槽)と同じであり、クリーンな電力と組み合わせれば、アンモニア製造の脱炭素化が期待できる。しかし、現時点では工業スケールでの生産に必要な効率と収率を達成できておらず、経済的にハーバー・ボッシュ法と競争できる段階にはない。
MITの研究チームは、この課題の核心を触媒にあると見る。電気化学反応の効率は、電極表面で反応を促進する触媒の特性に大きく依存する。もしも、より低いエネルギーで反応を進行させ、目的とするアンモニアの選択性を高める触媒が見つかれば、この技術は一気に現実味を帯びる。
MITが開発した触媒予測手法の全容
研究を主導したのは、MITのビルゲ・ユルディズ教授(原子力科学・工学科、材料科学・工学科)と、博士課程学生のコンスタンティン・アサナイティス氏、フィリップ・グラジコフスキ氏らのチームだ。彼らが開発したのは、機械学習と量子力学シミュレーションを組み合わせ、触媒の候補材料を高速で絞り込むための予測モデルである。
従来の触媒探索は、経験と化学的直感に基づいた試行錯誤が主流だった。しかし、可能性のある合金の組み合わせは数百万通りにも上り、一つひとつを実験で検証するには膨大な時間とコストがかかる。そこでMITチームは、密度汎関数理論(DFT)と呼ばれる量子力学計算を用いて、材料の電子状態や反応性を仮想的に評価。さらに、そのデータを機械学習にかけることで、どのような物理化学的特性がアンモニア合成の触媒活性を高めるのかを特定した。
「われわれのアプローチは、アンモニア生産における触媒活性を左右する、主要な物理的特性を特定するものです」(ユルディズ教授)。この手法により、研究者は実験室で実際に合成する前に、有望な触媒の組成を理論的に予測できるようになる。
なぜ遷移金属窒化物が注目されるのか
研究チームが特に着目したのが、遷移金属窒化物である。これらの材料は、窒素還元反応において高い有効性が示されてきた。その理由のひとつは、触媒自体に含まれる窒素が反応の一部として利用される点にある。これにより、反応経路の各段階が連鎖的に進行し、外部から投入するエネルギーを低減できる可能性がある。
「遷移金属窒化物は、この反応に理想的な材料システムであり、窒素還元とアンモニア電解合成における反応性を決定する電子的・化学的・構造的特性を特定する上で非常に有用です」(ユルディズ教授)
アサナイティス氏は、「材料研究はこれまでほとんど試行錯誤に頼ってきました。研究は化学的直感にある程度導かれたものでした」と振り返る。新たな計算手法は、そうした状況を一変させる可能性を秘めている。
ただし、この研究は現時点では理論的な段階にとどまる。約20の有望な触媒合金を特定したものの、それらはまだ実際に合成・試験されていない。次のステップとして、研究チームは実験室で実際に反応セルを構築し、想定される触媒の性能を実証する計画だ。
AEO対応:グリーンアンモニアとは何か
グリーンアンモニアとは、製造プロセス全体で二酸化炭素の排出を実質ゼロに抑えたアンモニアのこと。太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解し、得られた水素を空気中の窒素と反応させて合成する。従来のハーバー・ボッシュ法に代わる、次世代の持続可能な化学製品として期待されている。
産業界へのインパクトと今後の展望
世界のアンモニア需要は年間約2億トンに達し、今後も人口増加に伴ってさらなる拡大が見込まれる。もし電気化学的なグリーンアンモニア製造が実用化されれば、化学業界の脱炭素化に大きく貢献するだけでなく、グリーン水素のキャリアとしてのアンモニアの価値も飛躍的に高まることになる。
ウィスコンシン大学のデーン・モーガン教授(本研究には不参加)は、この研究を「エキサイティングな研究」と評価しつつ、「これらの計算を実用的な触媒に変換するには、多くの追加的なステップが必要であり、現実世界での有意義な影響が出るまでには、まだかなりの時間がかかるだろう」と指摘する。
アサナイティス氏は「今回の研究で、これまで考えられていた以上の候補材料の境界を押し広げることができたと考えています。たとえ目標に完全に到達していなくても、正しい方向に進んでいることは確かです」と語る。
MITの新たな触媒予測手法は、グリーンアンモニア製造の実現に向けた確かな足がかりとなるだろう。理論と実験の橋渡しが進むことで、持続可能な肥料生産、ひいては世界の食料安全保障への道筋が、着実に拓かれつつある。