米国の自動車安全規制を統括するNHTSA(国家道路交通安全局)のJonathan Morrison長官が、自動運転車(AV)の設計に関する極めて重要な方針転換を示唆した。同氏は、近い将来、自動運転車からハンドルやブレーキペダルといった人間による手動操作装置が撤廃される可能性に言及。自動運転技術の進化が規制の枠組みそのものを変革しようとしている。
NHTSA長官が示した「ハンドル不要」の論理
Morrison長官は、米国時間2026年7月9日に放送されたCNBCの番組「Squawk Box」のインタビューにおいて、自動運転車の革新的な設計を支持する姿勢を明確にした。特に注目すべきは、現在の連邦安全基準で義務付けられている人間用の操作装置について、「人間のオペレーターが運転することを想定していない車両を開発している場合、その車両に手動操作を義務付けることに意味はあるのか。答えは極めて明白だと思う」と語った点だ。
この発言は、単なる個人の見解ではなく、規制当局としての方向性を示すものと受け止められている。NHTSAはこれまでも自動運転車に対する規制の見直しを段階的に進めてきたが、トップ自らが「手動操作装置の義務付けに疑問を呈した」ことの意味は大きい。
業界の長年の要望が現実味を帯びる
自動運転車メーカーは、少なくとも2019年から無人運転車に対する要件の変更を求めてきた。その背景には、完全自動運転を前提とした車両設計において、人間用のハンドルやペダルが不要なだけでなく、むしろ設計上の制約やコスト増加の要因となっている実情がある。
UberやTeslaなどの企業は、すでにライドシェア向けに人間の運転を前提としないモデルを開発している。また、Waymoが使用する車両のように、緊急時に遠隔地のオペレーターが操作を引き継ぐシステムも存在する。こうした技術的な進展が、規制の変更を後押ししている。
実際にNHTSAは2022年、一部の種類の自動運転車について、その設計方法に関する規則を改定。Morrison長官の最新の発言は、この流れがさらに加速することを示唆している。
手動装置撤廃に伴うリスクと課題
しかし、ハンドルやブレーキペダルを完全に撤廃することには、明らかなリスクも存在する。最も大きな懸念は、自動運転車が立ち往生した場合や、システムが対応できない危険な状況に遭遇した場合に、人間が物理的に運転を引き継ぐ手段を失うことだ。
Morrison長官自身、自動運転車が立ち往生したり、緊急車両を回避する動作が遅れたりした事例について、自動運転車メーカーに書簡を送付したことを明らかにしている。同氏は「そうした事例はまれだが、その状況の一つひとつが度を越している」と指摘。技術の進歩と安全性のバランスをどう取るかが、規制当局にとって最大の課題となる。
中国製LiDAR技術をめぐる新たな懸念
インタビューでは、自動運転車の「目」とも言えるLiDARセンサーをめぐる地政学的な問題にも言及があった。現在、世界の自動運転車の約90%に、主に中国で製造されたLiDARセンサー技術が使用されているという事実がある。CNBCは最近、この種の技術に内在するサイバーリスクなどについて調査報道を展開している。
Morrison長官は、この問題に関するNHTSAとしての具体的な対応には言及を避けたものの、「政府全体における懸念分野だと考えている」と述べるにとどまった。自動運転技術の核となるセンサー部品のサプライチェーンが中国に依存している現状は、安全保障やデータプライバシーの観点から、今後の規制の複雑化を予感させる。
進歩を妨げず、正しい方法で
Morrison長官は、NHTSAには業界を監視する責任があるとしながらも、「これらの技術がもたらす将来性は、実に否定しがたいものだ。われわれはそれが成功し、発展するのを見届けたい。とはいえ、それは正しい方法で行われる必要がある」と述べ、イノベーションの促進と安全規制のバランスを取ることの重要性を強調した。
自動運転車のハンドルとペダルがなくなる日は、技術的な実現可能性だけでなく、規制の壁をいつ、どのように乗り越えるかにかかっている。Morrison長官の発言は、その日が想像以上に早く訪れるかもしれないことを示す、確かなシグナルと言えるだろう。