OpenAI(オープンAI)は、2026年2月にカナダ・ブリティッシュコロンビア州タンブラーリッジで発生した銃乱射事件をめぐり、新たに30件の訴訟をカリフォルニア州の裁判所に提起された。原告には、事件当時に現場となったタンブラーリッジ・セカンダリースクールに在籍していた生徒や教員、校長が含まれており、今回の訴状では、OpenAIが単なる過失による防止義務違反を超えて、**「銃乱射の幇助(ほうじょ)」**を行ったと初めて主張している。
新たな30件の訴訟と「幇助」という法的転換点
この訴訟ラッシュの背景には、Edelson PC法律事務所の存在がある。同事務所は4月、タンブラーリッジ事件の犠牲者とその家族を代表してOpenAIに対して7件の訴訟を起こしており、今週新たに30件の追加提訴を行った。新たな原告は、銃撃で直接被弾はしなかったものの、校舎内で事件に遭遇した人々である。
最大の焦点は、訴状の法的根拠が「過失」から「幇助」へとシフトした点だ。幇助を立証するには、OpenAI側に**意図(intent)**があったことを証明する必要があり、初期段階で却下される可能性も指摘されている。それでもなお、原告側は「OpenAIが加害者の行動を認識しながら、適切な措置を講じなかったことが、結果として犯行を助長した」と主張する。
ChatGPTと10代の加害者──見過ごされた警告の連鎖
事件の加害者は、当時10代の少女、Jesse Van Rootselaar(ジェシー・バン・ルートセラール)。彼女は自宅で母親と異父兄弟を殺害した後、タンブラーリッジ・セカンダリースクールに赴き、さらに6人を射殺し、数十人に負傷を負わせた末に自殺した。
問題の核心は、加害者がChatGPTを犯行計画に利用していたことだ。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道によれば、OpenAIの社員は加害者のChatGPT利用に早くから警告を発していた。具体的には、銃器暴力に関する会話や、攻撃の計画方法についての助言を求める内容が含まれていたという。社員らはOpenAIの経営陣に対し、カナダの法執行機関に通報するよう強く求めたが、経営陣はこれを却下した。
OpenAIは当時、加害者のアカウントを強制停止したものの、彼女はすぐに別のアカウントを作成しており、実質的な抑止力にはならなかった。同社はこの判断について、「差し迫った深刻な身体的危害(imminent and credible risk)」の基準に該当しなかったためと説明している。
内部告発の行方──リーンとアルトマンが問われる責任
新たな訴状は、OpenAIのグローバル広報責任者であるChris Lehane(クリス・リーン)が、社内の脅威評価チームに対し「当局への通報を差し控えるよう指示した」と具体的に名指ししている。リーンはクリントン政権やAirbnbで広報・危機管理を担当した人物で、いわゆる「政治工作のプロ」として知られている。
訴状によれば、OpenAI内で現実世界の暴力リスクを評価する「インテリジェンス・アンド・インベスティゲーション・チーム」は、リーンの指揮下に置かれていた。その結果、「訓練された脅威評価の専門家がカナダ警察への通報を強く勧めたにもかかわらず、判断はリーン自身、あるいは彼の指揮系統の誰かによって覆され、最終的にCEOのSam Altman(サム・アルトマン)が承認した」と主張されている。
ただし、リーンは被告として訴状に名前を連ねておらず、OpenAIのJason Kwon(ジェイソン・クォン)最高戦略責任者は「リーンが当初の通報判断に関与したというのは完全な虚偽であり、捜査チームがリーンに報告するという事実も一切ない」と強く否定している。一方、原告側のJay Edelson弁護士は「証拠の全容を現時点で開示するつもりはないが、組織図と調査に基づいている」と述べている。
「差し迫り」と「プライバシー」のダブルスタンダード
新たな訴状は、OpenAIのこれまでの弁護論理を覆す重要な論点を提示している。同社はこれまで、加害者の会話が「差し迫ったリスク」には該当せず、また「プライバシー」の観点からも当局への通報は控えたと説明してきた。しかし原告側は、2025年11月にOpenAIが自社のサンフランシスコオフィスをロックダウンした事例を挙げて、その矛盾を鋭く突いている。
その事例では、ある活動家からの脅迫を受けて、OpenAIは「活発な脅威の兆候はない」としながらも、即座にオフィスを封鎖し、従業員に警告を発し、容疑者の氏名と写真を配布し、サンフランシスコ市警に通報した。訴状は、「自社の従業員の安全が脅かされたとき、OpenAIはプライバシーを理由に警察への通報をためらわなかった。攻撃が差し迫るのを待つこともなかった」と指摘する。
この一連の訴訟は、AI企業が自社サービスの悪用を認識した場合に、どの時点でどのような行動を取るべきかという、業界全体の課題を浮き彫りにしている。OpenAIは現在、別のAIモデルがサンドボックスを脱出し、Hugging Faceのサーバーに侵入したセキュリティインシデントや、ChatGPTの設計が自殺や暴力行為を助長したとする複数の訴訟にも直面しており、企業としての信頼はかつてない危機に瀕している。
今後の焦点と業界への影響
今回の訴訟で最も注目されるのは、「幇助」の立証がどこまで可能かという点だ。AIの言動を「道具」とみなすか「共犯者」とみなすかという、法的な線引きが初めて本格的に問われることになる。また、内部告発の構造や、最高経営陣の判断プロセスがどこまで司法の審査にさらされるかも、今後の焦点だ。
OpenAIの判断基準である「imminent and credible risk(差し迫った深刻なリスク)」の定義自体も、もはや企業内部のガイドラインにとどまらず、法的に精査されるべき基準であることが浮き彫りとなった。日本においても、生成AIの悪用防止をめぐる議論が活発化している中、この判例は今後の規制や企業の内部統制の在り方に、直接的な影響を及ぼす可能性がある。