AIがテクノポップを完成させる理由、菊地成孔が解説

菊地成孔がAIとテクノポップの関係をサイバーパンクの視点から解説。分析と魔法の両立が創造性の本質と語る。

投稿者 central
菊地成孔が、AIがテクノポップを完成させるというテーゼを掲げ、創造性の本質を考察。
ハイライト
  • 菊地成孔は、AIがテクノポップというジャンルを完成させると主張している。
  • 現代はサイバーパンクの第二期であり、中古機材とシミュレーターが共存している。
  • 分析だけでは説明できない「魔法」が創造性の源泉であり、AIはそれを損なわない。

音楽家であり批評家として知られる菊地成孔aが、AIと音楽制作の関係について独自の視点を提示している。同氏は「AIがテクノポップを完成させる」という大胆なテーゼを掲げ、その背景にあるサイバーパンク的な発想の変化や、アナログとデジタルの二極化がもたらす創造性の本質を考察している。

フリッツ・ラングの『メトロポリス』に見られるような、ピカピカで清潔な未来像とは対照的に、サイバーパンクの世界観は「薄汚れていて、全部セコハンで、自分で改造したりハッキングしたりする」ものだという。菊地はこの流れが現代において「第二期」を迎えていると指摘する。スマートフォンの中古市場が高騰し、ヴィンテージの機材が再び脚光を浴びる現象は、まさにその象徴である。

この文脈において、同氏はAI音楽生成ツール「Suno」のようなプラットフォームの立ち位置を、ヴィンテージ機材のシミュレーターと実機の関係に例える。機材の機能をほぼ再現するシミュレーターが普及する一方で、「実機にこだわる人もまだまだいる」という現実がある。どちらのアプローチも否定されるべきではなく、両方が共存する状況こそが健全な創作環境だと菊地は語る。

「分析と魔法」にまたがるクリエイティブの本質

菊地は「AIに関する『不当に嫌われている状態』を見据えたまま、AIにしかできない表現の可能性をひとつでも多く、そして早く示すこと」が重要だと強調する。同氏は「すべての精度を上げて、分析対象としてクリアになればよい」とは考えていない。「どこまで計器の水準が上がっても、魔法は絶対に消えない。少なくとも、音楽に限ってはそう断言してよい」という。

この「魔法」とは、理論やデータだけでは説明しきれない創造性の源泉を指す。菊地は「常に分析と魔法にまたがること」がクリエイターの役割だと説く。そして音楽理論の必要性に関する議論は「音楽理論そのものより無駄」であると断じる。理論に依存するあまり、本来の創造性を見失うことを戒めているのだ。

「証拠を残す」というクリエイティブの使命

同氏は近田春夫の言葉を引用し、「いま売れるとか、いまウケるとかは問題じゃない。証拠を残すんだ」という姿勢に共感を示す。この「証拠」とは、単なるアーカイブとは異なる概念である。「死んでもアーカイブされないことも多々ある。『証拠』が永遠に斬新で新鮮であり、生き続けることが重要」だと菊地は語る。

同氏は音楽や表現の根源に「どのクリエイターも、やがては死ぬ」という事実を据える。だからこそ、人間の表現である限り、「挑発性を自覚すること」「技術と魔法にまたがること」「美しい証拠を残すこと」が大切なのである。

「このインタビューも、読むころには、無意味なほど古くなっている部分もあるでしょう。古さは、新しさによって改められるので大した問題ではない」と菊地は続ける。

AIは原理を傷つけない──直感と確信

最終的に菊地は、AIが音楽表現の原理を損なうことはないと確信している。「AIは、そうした原理のようなものを傷つけない──とぼくは直感し、確信しています」と明言する。

テクノポップというジャンルが本来持っていた「機械と人間の融合」というテーマは、AIの登場によってむしろ完成形に近づいている。レジェンダリーな機材をシミュレートするAIツールや、初期のSunoで生成された音源が「ヴィンテージ感」として評価される未来も、もはや遠くないのかもしれない。菊地成孔の考察は、テクノロジーと創造性の交点における、これからの音楽制作の指針を示している。

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