東京・渋谷の「Trunk(Hotel) Cat Street」のラウンジに、廃材から生まれた銀河が浮かんでいる。天井から吊り下げられた無数の円盤は、かつて写真スタジオで使用されていた背景幕を原料としている。アーティストのYuko Nishikawa氏によるインスタレーション「Chromonaut」だ。会期は9月8日まで。
「Chromonaut」の最大の特徴は、その素材にある。廃棄された写真スタジオの背景幕をパルプ状にし、製本用の糊と混ぜ合わせて成型された彫刻作品は、見る角度や照明によって表情を変える。円盤の表面には、元の背景幕が持っていた色彩の断片がランダムに現れ、独特の質感を生み出している。
Nishikawa氏は素材へのこだわりについて、「アップサイクル、つまり素材に新しい命を吹き込むことにずっと関心がありました。素材にはすでにストーリーが内包されている。それを別の形で提示するという変容のプロセスに、強い魅力を感じるのです」と語る。捨てられるはずだったマテリアルに新たな価値を与えるこの姿勢は、現代アートの文脈においても重要なテーマといえる。
「Chromonaut」が問いかける、ものづくりとサステナビリティ
本作は単なる視覚的な美しさだけでなく、「ものづくり」と「サステナビリティ」の関係性を観客に問いかけている。私たちが日々消費し、やがて廃棄する物の背景には、それぞれが製造された過程や使われた文脈がある。Nishikawa氏の手法は、その「背景」を完全に消去するのではなく、新たな形態の中で呼び覚ます試みだ。
会場となっているTrunk(Hotel) Cat Streetは、デザイン性とサステナビリティを両立した空間づくりで知られるホテルだ。同ホテルがアート作品を展示するスペースとしてカクテルラウンジを提供した背景には、廃材から価値を生み出すという「Chromonaut」のコンセプトが、彼らのブランド哲学と深く共鳴したことがある。作品が醸し出す有機的なフォルムは、ラウンジの洗練されたインテリアと調和しながらも、どこか異世界感を漂わせている。
約500枚の円盤が織りなす、色彩と陰影の宇宙
「Chromonaut」は、大小さまざまな約500枚の円盤によって構成される。それぞれの円盤は、手作業でひとつひとつ成型され、微妙に異なるカーブと厚みを持っている。そのため、ラウンジの照明や自然光の変化に応じて、刻々と表情を変える。来場者はカクテルを片手に、動的に変化する作品を鑑賞できる。
インスタレーションという形式は、観客に作品との対話を促す。頭上に広がる廃材の銀河は、宇宙の広がりと同時に、私たちの生活の中に潜む無数の「捨てられた物語」を想起させる。Nishikawa氏が目指したのは、廃棄物の再利用を訴えるメッセージアートではなく、素材の本質的な美しさと、変容の可能性を信じるアプローチそのものだ。
アーティストYuko Nishikawaの視点:素材に宿るストーリー
Nishikawa氏の活動は、素材の持つ潜在的な可能性を引き出すことに一貫している。過去の作品でも、身近な工業製品や廃材を独自の視点で再解釈し、新たな表現へと昇華させてきた。今回の「Chromonaut」では、写真スタジオで使われていた背景幕という、本来なら廃棄される運命にあった素材を「宇宙」というスケールの大きなモチーフに変換した点が注目される。
その過程で、素材そのものが持つ色や質感、そして「使用された痕跡」はむしろ積極的に作品に取り込まれている。完璧な均一性を求める工業製品とは対照的に、本作の円盤には歪みや斑が存在する。しかし、それが手作業と廃材という特性が生み出す唯一無二の表情となり、鑑賞者の目を引きつける。
展示概要:東京・渋谷で体感する廃材の銀河
「Chromonaut」の鑑賞は無料で、カクテルラウンジへの入店が可能な時間帯であれば、誰でも作品を目にすることができる。ホテルのラウンジという非日常的な空間で、カクテルを楽しみながら廃材アートの宇宙に没入する——そんな体験は、都心の喧騒を忘れさせてくれるだろう。
会期は2025年9月8日まで。期間中は、Nishikawa氏の過去作品や制作プロセスを紹介する展示も併設される可能性がある。東京でのアート体験として、またサステナブルなものづくりに関心がある方にとって、見逃せない機会となる。