チリの暗号資産(仮想通貨)取引所Orionxが2026年9月3日付で恒久的な閉鎖手続きに入った。社内のフォレンジック監査により、顧客から預かった資産のうち700万ドル超が同社の管理外のウォレットへ移されていたことが判明したためだ。登録利用者は10万人超とされ、返済の期日は示されていない。
同社は閉鎖と同時に出金を停止した。先に動いた利用者だけが資産を回収し、取り残された利用者が不利益を被る「早い者勝ち」の事態を防ぐためだと説明する。だが、資産がなぜ管理外へ移されたのか、その経緯と目的はなお不明なままだ。
監査が暴いた700万ドル超の資産移動
発端となったのは、社内で実施されたフォレンジック監査の結果だ。通常の会計監査が財務諸表の適正性を検証するのに対し、フォレンジック監査は不正行為や資金流出の痕跡を専門的手法で特定し、証拠保全まで行う調査を指す。犯罪や訴訟を視野に入れた視点で実施される点が特徴だ。
この調査で、顧客資産700万ドル超が同社の管理が及ばないウォレットへ移されていたことが確認された。同社は9月2日付で元経営陣に対する刑事告訴を提出し、検察にも資産移動の事実を通報している。告訴の対象となった共同創業者の2名は不正を否定した。
CMFが「関与できない」—規制の外で起きた破綻
事態をより深刻にしているのが、チリ金融市場委員会(CMF)がこの清算に関与できない点だ。同委員会は「監督する立場になく、資産の返還を命じる権限も持たない」との見解を示している。
CMFは6月19日にOrionxの登録・認可申請を却下済みだ。理由はフィンテック法の下で承認事業者に求められる担保の確保を示せなかったことにある。つまりOrionxは、登録も認可も受けないまま10万人超の利用者から資産を預かり続けていたことになる。
利用者に残された道は、同社自身の返還手続きに参加するか、裁判所を通じて権利を主張するかの二つだ。いずれも資産が確実に戻ることを保証するものではなく、返還までの期間も見通せない。
審査中の営業が生んだ「空白の期間」
なぜ未登録の事業者が、10万人分もの資産を預かる状態を続けられたのか。背景には、申請が審査中であることを理由に営業を継続できる制度の隙間があった。
Orionxは申請が却下されるまでの間、審査中であることを根拠に営業を続けていた。却下後は既存業務の縮小に限定され、新たな規制対象業務は行えない立場になったが、それまでの期間は「登録前」でも「登録後」でもないグレーゾーンにあった。監督官庁の実効的なチェックが及ばないまま、利用者資産を預かり続けていたのである。
今回の事案が突きつけたのは、破綻そのものよりも「どの当局の監督下にもない期間」が現実に存在しうるという構造問題だ。規制と実務運用の間に生まれる隙間をどう埋めるのか。暗号資産規制を整備する各国共通の課題として、重く受け止める必要がある。
返還への道筋は5段階の1段階目—利用者に残された選択肢
返還が始まるまでには、なお時間がかかりそうだ。同社の閉鎖の進行状況を示すトラッカーは5段階のうち1段階目にとどまり、口座残高の照合と分配計画の承認を経なければ返還手続きに進めない。10万人超の利用者の残高を正確に照合する作業は、相当な時間とコストを要する見込みだ。
利用者が今できることは、同社の公表情報を注視し、返還手続きの案内があれば速やかに対応することだ。裁判所を通じた権利主張を視野に入れる場合も、関連書類の保管など準備は早い段階から進めておくべきだろう。
日本の規制は2027年に金融商品取引法へ軸足を移す
この事例は、日本の制度設計にも重要な示唆を与える。国内の暗号資産交換業者は資金決済法に基づく登録制の下で、利用者財産の分別管理とコールドウォレットによる保管を義務づけられている。一方で、第一種金融商品取引業に課される自己資本規制比率や責任準備金といった財務規律は置かれていなかった。
枠組みは2026年7月15日に成立した改正法で大きく変わる。規制の中心は金融商品取引法へ移り、施行は公布から1年以内とされた。新制度は2027年中に始まる見通しだ。
ただ、制度の切り替え局面では、既存業者が旧制度と新制度のどちらの規律に服するのかという経過期間が必ず生じる。Orionxの事例が示したのは、規制の監督が及ばない期間が現実に存在しうるという点だ。日本の制度移行が始まる2027年に向け、規制の隙間を埋める議論を今から進めておくことが、利用者保護の実効性を左右する。