フィンランドのスタートアップDonut Labが2026年1月に発表した「世界初の生産体制が整った全固体電池」は、実際には従来のリチウムイオン電池である可能性が高いことが、複数の調査で明らかになった。YouTubeチャンネル「Ziroth」で知られる電池研究者Ryan Inis Hughes氏が率いる専門家チームの分析により、同社がナトリウムイオン全固体電池と主張していた製品の電気化学的特性が、既存のリチウムイオン技術と完全に一致することが確認された。この疑惑は、電気自動車(EV)業界に衝撃を与え、Donut Labのビジネスモデルそのものの信頼性を根本から揺るがしている。
Donut Labの「全固体電池」、その正体はリチウムイオン
Hughes氏のチームは、電圧曲線やセルの膨張データなど、詳細な電気化学的証拠を提示。20人以上の専門家による検証の結果、同電池がナトリウムイオン全固体ではなく、リチウムイオン電池であると特定した。Donut Labは、電動バイク「Verge TS Pro」向けにこの電池を供給するとし、CES 2026ではスマートフォンサイズの高出力電池が米CNETのBest Transportation部門の最終候補に選ばれるなど、大きな注目を集めていた。
同社が掲げた性能指標は極めて野心的だった。エネルギー密度は1kg当たり400Wh、寿命は10万サイクルとされ、これらは全固体電池の実用化における重要なマイルストーンと見なされていた。しかし、Hughes氏の調査は、これらの主張が技術的に不可能である可能性を示唆している。
内部告発とメディアの追及が浮き彫りにした虚偽
今回の調査結果は、EV業界メディアが以前から抱いていた疑念を裏付けるものとなった。米Electrekは4月中旬、Donut Labの製品は詐欺であるとする内部告発者の証言を報じている。同メディアの編集長Fred Lambert氏は、調査によって電池の製造や出荷に関する明白な虚偽が明らかになったと指摘。Donut Labは自社の評価額を水増しし、虚偽の主張に基づいて1300人以上の小口投資家から約2500万ドル(約38億円)を調達したとされる。
この一連の疑惑は、血液検査スタートアップTheranosの事件と比較される。Theranosの創業者Elizabeth Holmes氏は、自社技術に関する情報を偽り、最終的に禁錮11年の判決を受けた。Donut Labのケースも、革新的な技術を謳いながら実態が伴わない点で、Theranos事件との類似性が指摘されている。
Donut Labは米CNETへのメールで、「当社はこれまで提供してきた情報が正しいという姿勢を維持しており、計画したスケジュールに沿って進んでいる」とコメント。また、Zirothの動画で発言した幹部は問題の電池技術について直接の知識を持っていないと主張している。しかし、The VergeやAutoEvolutionなど複数の有力メディアがHughes氏の調査結果を支持しており、疑惑は深刻化の一途をたどっている。
全固体電池とは何か:リチウムイオンとの決定的な違い
Donut Labが約束していた全固体電池は、従来のリチウムイオン電池が抱える複数の課題を解決する次世代技術として期待されている。最大の違いは電解質にある。リチウムイオン電池が可燃性の液体電解質を使用するのに対し、全固体電池は固体電解質を用いる。これにより、発火や液漏れのリスクが根本的に排除され、安全性が飛躍的に向上する。
さらに、全固体電池は理論上、リチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を実現できる。これは、同じ重量でより長い航続距離をEVに提供することを意味する。充電速度の向上や電池寿命の延長も期待されており、トヨタ自動車や日産自動車など、多くの自動車メーカーが研究開発に巨額の投資を行っている。しかし、Donut Labのように「生産準備が整った」と宣言した大手メーカーは存在しない。量産化には、コスト、製造プロセス、材料の安定供給など、克服すべきハードルが依然として多いのが現状だ。
市場への影響と今後の展望
Donut Labの疑惑は、全固体電池という有望な技術分野そのものに対する信頼を損なうリスクをはらんでいる。投資家や消費者の間で、新興企業の革新的な主張に対する懐疑的な見方が強まる可能性がある。一方で、この事件は、技術の真偽を検証する専門家やメディアの役割の重要性を改めて浮き彫りにした。Hughes氏のような独立した研究者による詳細な分析が、市場の健全性を守る上で不可欠であることを示している。
Donut Labの今後の対応が注目される。同社が自社技術の正当性を証明できるのか、それともTheranosの二の舞となるのか。EV業界と投資家コミュニティは、その行方を固唾を飲んで見守っている。